2011年07月12日

苦しい動きと楽な動き2

前項で人間はヒンジ運動を嫌うと書きましたが、正確に言うとこれは重力に逆らって何かをしなければいけない場合において主に言えることです。

今や全国的有名になった奈良の和菓子屋さんの餅つきの動画を見てみましょう。

自慢の高速シーンより、最初の基本的な杵つきの方、特に親父さん(鉢巻している店主さん)のが分かりやすいですな。杵を挙げる時は、柄を持った右手を素早くに出して、左手の引きが楽になるようにしています。引いた力が残っている間に、両手が杵の一番重い頭の直下に並んで、ベクトルは上へ上へと向かっていきます。ヒンジ運動を使わずに、重い杵を軽々と自然に突き上げています。

振り下ろすときは逆で、杵はワイパーのように弧を描いて落ちて行ってるのがわかります。杵が半分落ちたところからは、右手の支点動かさず空中の一点にとどめることで、より大きな力が加わるようにしています。「重力に逆らうとしんどい」ヒンジ運動も「重力に従えばかえって楽」であると言えます。

剣術では重い刀を軽く、軽い刀を重くというそうです。これには精神的意味を含んでいるようですが、単純に物理的な解釈をするなら、杵や鶴嘴、スコップなどを使う日常の労働に置き換えるとわかりやすい教訓です。

こういうのは気が付いたら誰もがやっている動作なのですが、改めて考えると面白い発見があります。

ラベル:ヒンジ運動 体操
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2011年07月10日

苦しい動きと楽な動き

筋力トレーニングというだけで、苦しい思い出が次から次に蘇ってくる…そんな人います?私を含めて我々の世代は結構多いです。非科学的運動としていち早くやり玉に挙げられたうさぎ跳びを小学生自分に経験し、間違ったスクワットや腹筋運動、腕立て、腿挙げと一通り真面目にやってましたな。あと空気イスというのがありましたが、あれは私はやったことないのですが、なぜか女子の運動部に多い気がします。陰湿な後輩イジメに最も適しているから…と言ったの私でなく知人の女性です。まあ、それはさておき、あれらのトレーニングに共通した間違いは何だったのか、改めて考える必要があります。

最近では色んなところで盛んに指摘されていることですが、一般にはなぜかまだ知られていないことなので、念のためにお話しいたします。

ヒンジ運動という言葉があります。ヒンジは蝶番(ちょうつがい)のことです。蝶番を支点(軸)にしてドアが開閉するような動きのことを、ヒンジ運動と呼んでいます。わかりやすくするためにアナログ時計の針の動きで考えてみましょう。6時を指している針が12時のところへ向かうには、針先は針の長さの3,14倍も移動しています。もしこれが人間の作業であるとすれば、とても非効率なことであるといわねばなりません。

ここで重量挙げの動画を一度ご覧ください。フォームが横から見える動画を探したのですが、ありませんな。でもこれは斜めから映してスロー―になっており一番わかりやすいです。バーベルの軌道にご注目ください。体の前を真っ直ぐ垂直に上っています。何か感動しますね。

もう一つはうって変わってフィギャアスケートの映像。ご存じ安藤美姫選手の魅力的なスケーティングに酔いしれないようにして、手の動く軌道だけだけご注目ください。前半のスピーディーな動きの中では、手は弧を描くことなく体に沿わすように持ち上げています。肩〜肘〜手首、そして指先と順番に挙がっていく様子は、美しく妖艶な印象を与えますが、これはよく見ると先の重量挙げと同じであることに気づきます。

小さな体で信じられない重量物を持ち上げるのも、氷上で激しく舞いながら素早く手を挙げるのも共通した垂直上昇の動きをしています。弧を描いて遠回りするヒンジ運動ではありません。

ヒトは本来ならばヒンジ運動を嫌う生き物なのです。

我々が経験してきたトレーニングの多くは、この間違った運動が取り入れられてきました。度々言いますがラジオ体操もその代表です。あんな無駄な動きが生活やスポーツで再現されることは絶対にありません。近頃は「その普段することのない動きをすることが体にも脳にもいい」と言い出す輩が現れてきました。一応何かの学者さんらしいですが、大学の先生というだけで信用できるくらいなら、病人も不況もありやせん話です。前頭葉の血流が高まるからいいとかいう俗説に問題があることは、真面目な脳科学者も指摘しています。

ヒンジ運動で高負荷をかけると非常に苦しさを伴います。それが「力になる」と信じられてきましたが、関節を傷める弊害の方がはるかに多いことがわかってきました。かといって軽負荷では力もつかない、能力も高まらない運動になりかねません。

子供の運動能力を高めるにも、中高年者がストレス解消にスポーツを楽しむ時も、高齢者の体力維持、転倒予防に運動を勧める場合でも、共通して注意すべきことの一つとしてまず押さえておくべきポイントであると思います。

初動負荷理論による野球トレーニング革命 [単行本] / 小山 裕史 (著); ベースボールマガジン社 (刊)
ラベル:ヒンジ運動 体操
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2011年06月03日

ラジオ体操批判ページ

うわぁ〜久しぶりです。
PCには向かいながら、あれどうだ、これどうだと思いながら、何も書かずまた1年。
今回は見ていただきたいページがありましたので。

腱sNOTE ラジオ体操の間違い

またかい!とお思いの方もいらっしゃるでしょうが…私のよりずっといいから(笑)

最近、高齢者施設や学校関係などで運動の話や、実技教室をすることが増えました。対象が小中学生でも高齢者でも、基本となる考えがかわるわけではありません。もちろん筋力や骨量の違う世代ごとに話の内容や実践方法はかわりますが、共通して良い方法、悪い方法というのがあります。やっぱりラジオ体操は×だなあ。でも学校にしても他の施設にしても、たいがいラジオ体操を否定的にとらえている所は少なくて、むしろ推奨しているから言い回しに困ったりします。

ネット上でもラジオ体操にどんな評価しているかと検索してみると、結局は「ためしてガッテン」の内容をうのみにした話だったりする。

そんな中まともな記事を書いておられる方を見つけました。操体法の先生らしく、わかりやすく写真入りで明晰な説明をしているのでご覧ください。変な文章でコメント送っちゃいましたが、そこはご勘弁を。

良質なトレーニングを知るなら
新トレーニング革命―初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開 [単行本] / 小山 裕史 (著); 講談社 (刊)

身体を自由に扱いたいなら
野口体操入門―からだからのメッセージ (岩波アクティブ新書) [単行本] / 羽鳥 操 (著); 岩波書店 (刊)
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2010年06月07日

○○力低下の本当の原因

学力低下の原因は何か…ここ数年見るのがいやになるほど、日本中あちこちで叫ばれてきた犯人探し。

私がこれだと考えている真の原因が、意外にも巷間で議論されていないので極論という批判覚悟で申し上げます。

学力低下の真の原因、それは「便利になりすぎたこと」です。学力だけではありません、体力、運動能力、器用さ、コミュニケーション能力、すべて最近低下が懸念されているものの、第一原因として取り上げたく思います。

自家用車の普及や交通網の発達で、子供の歩く時間が奪われるように、「自分の力」を代行する機器や手段の出現で、否応なしに努力させられる機会があまりに減りました。

遊びも自分で工夫する余地のまったくない電子ゲームが席巻するようになってから、子供の創造性は下がる一方になっているようです。

我々の一世代上の方たちは不便な生活のなかで、当然のように家事をこなし、遊びも自らの体と手で自在に生み出す力を得て、日本の二次産業を急成長させました。そのあと我々同世代の人間になると結構便利になって、遊び道具はたいがい店で買う時代になりましたが、まだ外で体を動かす遊びができたし、屋内ではルール変更が可能なアナログ盤上ゲームで頭を使うコミュニケーションができました。その中で、優秀な人間は実体験をもと独自の二次元世界を展開して、世界の先端を走るようになっています。

いま残っているのは出来上がってしまったものだけです。

情報入手の不便さを解消するために携帯電話を開発、普及させたのは悪いことではありません。しかし思い出してみてください。学生のころ女の子(女性なら男の子)の家に電話をする時、「親父が出てきたら…」「ママさんが出てきたら…」緊張しながら軽くシミュレーションして電話口に立ったことはないでしょうか?国語のテストで敬語の問題が解けないやつでも、それは何とかしようとしてました。

今は誰にも邪魔されずに、好きな時間に好きな相手に言葉をおくることができます。一見幸せなことのようですが、やはり成長の機会を奪っている気がします。礼儀作法を実践する回数は確実に減りますし、同級生の親との予期せぬ接触による不測の事態は、あとで考えると得がたい経験でもあったことが多いものです。

不便さの復活を唱えても今は愚痴くらいにしか聞こえないかもしれません。しかし少なくとも、今の「便利が生み出した不便」に自覚を持たない限り、教育の再生は家庭にも教育機関にも無理であると、私は確信しています。


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ラベル:学力低下
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2010年03月22日

疑わしい運動テスト

久しぶりに投稿したのは、本業関係でとても気になることがあったから。

よくテレビ番組なんかで「姿勢チェック」だとか「バランス感覚テスト」とかいって、タレントなんかにさせているものがあります。両目をつぶり、その場で足踏みを50回もしくは30秒とかする、あれです。

自分では同じ地点で足踏みをしてるつもりが、前に行ったり、横に行ったり、ぐるっと回っていたりして「わー」と驚くのに対し、ある先生は平衡感覚の問題と言い、ある先生は骨盤の歪みだと言う。

結論から言って、このテストだけでどれもまともに信じる根拠はないのではないか、私は今日自分でやってみてそう思いました。

3回くらいやりましたが、結果は全部違ってたのです。

1回目は左に回旋しました。
以前経験した機械での測定によると、私は体重に比しての筋肉量はかなり多い方らしいのですが、左の腓腹筋(ふくらはぎの筋肉)はなぜか少ない。そのせいなのかと思いました。

ところが2回目は5cmほど前に行き、3回目は右に回りました。2回目3回目では、できるだけ腓腹筋を使わずにやってみたのは事実です。作為を持ってやったのはテストにならないのでしょうか?でも、そうであるならば、最初のテストは「骨盤のゆがみ」とも「平衡感覚」とも関係ないところで、結果が出ている可能性があることになります。

身体のどこかの部分に少しの意識を置くだけで力の入り方は変わります。体調の変化によってその時々、身体のどこかに意識がいってしまうことは多々あります。そういうことは無いほうが珍しい。修行をやり遂げた高僧やヨギならどうかはわかりませんが、われわれ凡人は心も身体も雑念だらけですから。

このテストにおいて、平衡感覚や骨盤の問題が結果に影響することは当然あるでしょう。しかし、それは「骨盤が前傾しているから前に行く」とか「最初の位置からずれるほど前庭機能が低下している」とか、決め付けられる類のものではありません。
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2009年09月23日

新しい社会科教育5

私の住むところでは、小中学校に2学期制が導入されてまして、シルバーウィーク最後の今日が、前学期期末試験前日となっております。

そんなこともあり、またちょっと地理の教科書を覗いてました。

世界の気候区分とか、日本の気候、季節とか、そういうところが、試験範囲になっていたんですな。懐かしいです、呪文のように覚えた何たら性気候とか、どこどこ気団とか。

あれはしかし、結構難しい。だって科学の分野ですもん。中学なら理科Uというやつ。科学的な観点からだと、丸暗記でなく考えて納得しながら覚える教科になります。台風がなぜ生まれるか、梅雨はなぜ北海道にないかとか。

まあ、今は社会科と理科の時間で2回やってるようなものですから、その分よく覚えられるはずなんですが…

こういうのが得意な人は少ないですね。私も含めてですが。
ラベル:社会科教育
posted by 徒手空腹 at 22:04| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月10日

新しい社会科教育4

現役の高校の先生にこの社会科新案を話してみました。理系担当で担任は持っていませんが、クラブ活動を通し多くの立派な生徒を社会に送った尊敬できる教育者です。

「たぶん、公民を理解できる年齢を15歳と考えていると思う。あれくらいの年齢の2年差はものすごく大きいからね。」

やっぱりそうかなあ。そんな気もするけど、もっと教え方を変えて、自分の立ち位置から社会に向けて広げるような方法をとれば可能でしょう?っと私は食い下がる。

「それなら力のある教師でないと無理だわ。生徒とそういう話が出来る関係性を持てる人でないとね。地理とかならそうでなくても出来るから、今のやり方なんだと思う」

いやいや、そんな関係性がもてないなら、地理やったって歴史やったって大したことないじゃないですか。

「まあ、そうなんだけど。もしかしたら文科省がわざとわかり難くさせてるのかも知れないしなあ。」

愚民化政策なわけです。私も実はちょっと思ってます。てっ、これは邪推とか下衆の勘繰りであって欲しいけど。

ついでに一つ言い忘れたことをここで。

数学の先生でいい先生というのは、40人に一つ問題を出したら40人全員が同じ解を出させられる先生なわけです。解法とか考え方は別にしても、解は一つです。

では公民なら、これは逆の結果を導く先生がいい先生と言えるのではないかいなと、思うわけです。最低限基本的な現状を理解した上で、40人がすこしずつ違う考えを持つようになって授業成功なんでしょう。民主主義も人権思想も平和主義も、また自由経済も、環境保護も1+1=2のように正しいわけではないことを、教師生徒両者とも前提としてやってくれればなあ、そんな風に思います。
ラベル:社会科教育
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2009年08月01日

新しい社会科教育3

「地理はひたすら覚える以外に勉強法がない。暗記科目だ。」よく言われます。私も中学、高校ではそう思って毛嫌いしていました。しかし大人になった今はそうでないことがわかっています。国や大陸や島を個別に覚えるのではなく、隣り合う国々の関係性から、自分のいる日本の実情と結びつけることが出来れば、いやでも頭に入ることもあるのです。

そうなるには、まず自分の国のことがわからなければなりません。国の形態、政治制度、産業、経済を一通り知る必要があるでしょう。それなら公民の授業が何より先に来なければいけない。

ただこれを実行するとなると、いろいろ問題が出てくることは予想できます。皆様からコメントにより、ご指摘などが頂ければうれしく思います。

えっ?本当?!地図に隠れた日本の謎 (じっぴコンパクト) [新書] / 浅井 建爾 (著); 実業之日本社 (刊)


読むだけですっきりわかる日本地理 (宝島SUGOI文庫) [文庫] / 後藤 武士 (著); 宝島社 (刊)
ラベル:社会科教育
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新しい社会化教育2

今日、市立図書館に行ったついでに、社会科教育について書かれた本がないか調べてみました。少ないですねえ。司書の方は書庫から古い本を引っ張って下さいましたが、求めているものとは違いました。「社会科教育」でググってみると、真面目な論説はたくさん出てきます。大きく2種類に分かれるようです。体験学習の効果を検証したり、地域の文化や活動を取り入れた学習の様子など、部分的な指導方法についてのものです。もう一つは歴史認識や国家観に見られるイデオロギー絡みの文です。

なぜゆえ「教える順序」という最も大事な点について、もっと議論がなされていないのか不思議です。地理、歴史、公民という流れはそんなにも合理性があるのでしょうか?

地理から始める理由は、青少年の認識能力の成長過程に対する一種の思い込みからきているのではないでしょうか。

一番わかりやすい目に見える世界から始め

時間を軸にしたストーリーを与え

抽象的思考が要る社会構造への把握をうながす。

この方法が向いている生徒がいないとは思いません。しかし決して多数派ではないでしょう。私自身は歴史と公民の授業は好きでしたが、地理の授業は苦痛でした。全てにわたって「半分意味がわからないまま暗記をする」作業が強いられているような気がしていたのです。

中一の時の担任の先生は社会科の先生で、生徒に教えることは好きだったようで、普段はべらんめぇ調なのが、授業になるとアナウンサーのように標準語でとうとうと語り続けました。印象に残っているのは授業の内容ではなく次の言葉です。

「君たちの年齢ならば異性に興味を持つのと同じくらい、社会に対して関心を持ってもいいはずなのだが、なぜそんなに興味が薄いのだ?」
本当に不思議そうに仰ってました。

遠く離れたどこかの国の気候区分や「主な産業」が、隣のクラスにいる髪のきれいな女の子と同じくらい気になるとは、とても思えませんでした。しかし、これが地理の時間でなかったら、あるいは政治や歴史のことを把握した上で習っている地理の時間であれば、もうちょっと共感したかもしれません。

ガキ時代の私の実感はさておき、なぜ地理から入るとまずいのか、次回も話を進めていきます。
ラベル:社会科教育
posted by 徒手空腹 at 01:20| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月30日

新しい社会科教育1

教育の専門家でもない者が、おいそれと簡単に語るのはおこがましいと認めつつ、ご一考頂きたくここに愚見を提示するものでございます。

中学生になったばかりの長男が、地理の教科書を見ながら夏休みの宿題をやっておりました。我々の中学時代と同じ、一年生の社会は地理なのです。一年で地理、二年で歴史、三年で公民、何十年と変わっていない方式です。

ちらっと覗いた地理の教科書16ページ、「…それでは国とはどのような条件を満たすところなのでしょうか。国は領土・国民・主権(政府)という三つの条件を満たす必要があります。」云々と。

いやあ、これは何とも厳しいですなあ。領土ってどんな風に決まるんでしょうか?国民と国ではどちらが先に「ある」のでしょうか?主権って何ですか?

大人も答えにくそうな質問が子供からたくさん出てきそうです。いや、出てくればいいんだけど、普通はさらっと丸暗記でいっちゃうことが多いんでしょう。どれだけの生徒がこの一文から国というものを把握できるのでしょうか。もちろん、教科書に載っている文は、最低限度のガイドラインであり、ここに先生が指導要領に従い、また先生独自の判断も加えながら指導していくことは承知しています。ただ地理の授業である以上は、こういう説明に多くの時間を割けないことも事実です。

中学の社会科が消化不良になりがちなのは、小学校で学ぶ社会科の内容が貧弱すぎるせいかも知れません。6年までにもっとやっておけばいいという意見もあるでしょう。しかし中学の時期というのは、本来社会に対する関心がより高まるタイミングであり、たくさんの知識を持たせることは理にかなっているとされています。

それならばこそ、社会科の教育は、体系として覚えやすく、関心を引くように大いに工夫をする必要があるはずです。

生徒が自分の居る現実の環境から出発して、その成立の過程を探求するような形で公民と歴史の一部を教えることは可能かと思います。

中学の社会科は公民から出発し、歴史につなぎ、地理と同時進行する方法をとるべきではないかと考えているのです。なので歴史の教育は現代から過去へ遡って教える方式をとることになります。

あまりに今までと違う方法になってしまいますが、日本のどこかで同じような考えの社会科の先生が、いるんではないかと考えています。もしいらっしゃったらご一報ください。
ラベル:社会科教育
posted by 徒手空腹 at 23:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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