2015年02月22日

悪い姿勢 原因の誤解

最近の子供の姿勢が危険!とかテレビ番組でやってましたなあ。最近はスマホや携帯ゲームの長時間使用とからめての問題視されることが多いようです。でも子供の姿勢が悪いというのは、そういうものが無かった私の子供のころにも盛んに言われてた気がしますがねえ。

体幹トレーニングで姿勢を良くする教室なんかも出始めてるようで、それで良くなること自体は至極結構なことなんですが、この時に必ず言われる「今まで支える筋肉の力が弱かったため、トレーニングで筋力が付いて姿勢を正しく保持できるようになりました。」という話。これがちょっと気になります。鵜呑みにしていいのか?と

「トレーニングをして姿勢が良くなった」 これ事実なんだと思います。疑う必要もありません。重要なのはここ「筋力がついて」という部分です。

ここで私の子供のころの思い出をいきなり持ち出しますが、我慢してお聞きください。

幼稚園児の頃です。腹筋運動が出来ずに悩んでいました。他にも縄跳び、ボール投げ、出来ないことだらけでしたが、この腹筋運動は他の運動に比べると、子供の目にもシンプルで、出来て当たり前に見えたりするわけです。その頃おこなわれていたのは、まっすぐ仰向けになって、両手を頭の後ろに組んで、上半身を起こすあれです。今は誰もやってませんね。

うんうんと、うなりながら体を起こそうとするが出来ない。それが、ある日突然ふっと体が持ち上がったわけです。「えっ!」て感じです。筋力が徐々に付いて、出来るようになるなら、最初はやっとこさで持ち上がり、何度も鍛えるうちに段々と慣れてくるという感じになるはずですが、そうではありません。どちらかというと、自転車に乗れるようになる感覚に近いのです。

起き上がれなかったのは、要らないとこに力を入れて、体を止めていたからです。一生懸命力を入れようとするばかりになって、体を反らせる筋肉まで力が入っているわけです。ある日、脳が「違いますよ。ここだけでいいんですよ」と体の前面の筋肉に指令を出す。そこで成功という運びです。

姿勢を維持する、きれいな形で維持する。実はこれも上のような働きによるところが大きいと考えています。日頃なにも運動をしていなくても姿勢のいい子、運動をしているのに姿勢のわるい子がいるのも事実です。姿勢を何時間も支える筋繊維と、一時的な負荷をかけて、10回くらいの運動をするときの筋繊維は、同じではないでしょう。

では姿勢教室で筋トレをして姿勢が良くなったのはなぜか?

それは使うべき筋肉、使うべきでない筋肉への再教育をしたからだと、考えられます。鍛えられたのは、「筋力」ではなく「運動感覚」なのです。

頭(頭蓋)という極めて重い荷物(骨や脳全部含めると体重の1割ですよ!)を、脊椎へ楽に適切に置ける感覚が身に付いたということです。

重さへの感覚は、背骨から遠いところにあるものほど強く感じられます。腕を伸ばしてカバンを持つ人はいません。体に近付けて持ちます。それでもしんどかったら、肘に掛けます。それもしんどかったら、肩に掛けます。もっと極端な例でいうと、アジアの多くの国では、水がめとか重い荷物を頭の真上に置いて歩く女性がいますね。

水がめまでいかない、自分の頭だけですが、十分重たい。それを体幹の真上にちょこんと置いている状態。力をそう入れたり、緊張を我慢したりしなくて済むバランスの取り方を、トレーニングの過程で自然に覚えた結果と考えた方が納得できます。

これは高齢者のロコモティブシンドローム予防などに関しても同じことが考えられます。
加齢は視覚、聴覚を奪っていくように、体性感覚も衰えさせます。私が体操指導をする際は、これらのことを最も重視して、感覚の維持(できれば向上)を実感できる動きと説明を常に心がけています。
ラベル:姿勢 体操
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2014年08月17日

自転車立ち漕ぎ秘伝(?)

自転車で急な上り坂を立ち漕ぎ。皆さんもやったことありますよね?私は毎週一回は必要に迫られてやってます。標高90メートルくらいにある住宅街に行くのに、かなり急な坂があるんですが、ちょっとした工夫で楽に登りきれるようになりました。その方法を公開いたします。

結論から先に言うと、
1.ハムストリングス(太腿の後側の筋肉)を使ったスクワットを可能にする。
2.左右のペダルへの体重移動の際に、空から見て胴体が半円を描くようにする。
というだけのものです。

おそらくサイクル競技の関係者、愛好家の方から見ると、当たり前のことだったり、おかしな部分もあるかもしれません。指摘を頂ければありがたく存じます。

ちなみに私の愛車は後輪6段変速はついていますが、MTBやクロスバイクではなく、28インチのシティサイクルです。その姿かたちから、ママチャリではなくパパチャリと呼んでいます。文中での身体の動かし方は、その手のやや重めの自転車漕ぎで活用されたものです。

平地を通常の速さで走る時、お尻はサドルに落ち着けたまま、脚の力だけで漕いでいます。伸ばすときに力を入れる人が多いと思いますが、中には曲げるのを意識している人もいるでしょう。今回このことは問題にしません。どちらにせよ坂を上る時や、平地でもグッと力を入れて加速したい時は、伸ばす方へ力むことになり、脚の力が足らないと感じた時に立ち漕ぎの姿勢になります。エッサホイサと身体を左右に振る動きに勢いなってきます。自分ではしない人でも、子供なんかが一生懸命やっているのを見たことはあると思います。

脚の力だけでは足らない分を、ペダルに体重をかけることにより解決しているわけです。

体重をかけるだけなら片足立ちさえできれば、他の労力は一切不要ということになって万歳なのですが、残念なことにそうはいきません。

ペダルは上下しますから、脚の屈伸は自然に必要になってしまいます。

ここで楽に立ち漕ぎするためのポイント、一つ目が導かれます。

脚の屈伸はハムストリングスによるスクワットを使うということです。

前回の記事でも少し触れており、もう今では常識になりつつありますが、どうも上手く出来ない方に少しここで秘伝を…

〜〜〜イメージをします〜〜〜
駅または公園の便所に入りました。大の方の用を足したいのですが、洋式しかなく便座が汚い!!
こんなとこにお尻は1ミリも触れたくないくらい!でもしないといけない!
そこで恐る恐るお尻を限界までおろしてください。

出来ました?イメージ中に悲惨なことになった人は、腰の骨が後ろに曲がってる場合が多いです。これを防ぐには、しゃがむ前に臍をぐっと突き出すようにします。痛くない程度に腰の骨が反ったのを感じながらそれを維持したまま、お尻を下ではなく後に突き出します。お臍は自然に太腿に近づく格好になりますね。膝は90度まで曲げる必要はありません。

重要なのは立ち上がる時で、すこしお尻の穴を閉めるように、尻えくぼを深くするような感覚で恥骨を前上方に持ち上げます。

片足で同じことが出来ますでしょうか?完全に一本足で立つのではなく、反対の足は親指の腹が少し床に触れている状態でやってみて下さい。上手くできると、片足でもとても楽に身体を持ち上げることが出来ます。

ただ自転車の上でこれをやるにはちょっとだけコツが要ります。そこで二つ目のポイント。

上り坂のように漕いだあとの惰力が一切働いてくれない場合、ペダルが最上点のところ=時計の12時から、2時へ移動する際に最も大きな力が要ります。
通常、ペダルの位置はサドルより少し前にありますから、体重をかける場合、その分身体は前に寄らないといけません。右ペダルなら右前側に体幹を寄せることになります。

12時の点から踏み込んで、まもなくペダルは3時の位置まで移動します。

最初に体重を預けた地点から、また10センチ前に移動しています。

ということは、身体はただ左右にスライドするだけではダメだという事になります。

今度は横からでなく空の上から時計を当てはめてみます。サドルを中心に前輪を12時方向とします。体幹は時計の中心から、ペダルの位置に従い3時から2時へ移動します。ペダルが2時から3時に戻る時(水平位から落ちる時)は惰力を利用できるので、中心に戻る必要はありません。12時のところを通って、逆の9時方向へ向かいます。

一連の動きを意識して行うと、身体の中心は半円(実際は半円の真ん中3分の1)をえがくようになります。もちろん前輪側へ∩になる形です。実際に上から動画を撮って確認すれば、∩ではなく∞(横になった8の字)に近い可能性もあります。理論上そうなっていて当然ですが、意識して自分から8の字を描いてしまうと、反対側への移動に間に合わせるのはかえって難しくなります。

一度試してみて下さい。
ラベル:自転車 体重移動
posted by 徒手空腹 at 17:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

スクワット

今日、和太鼓の練習の前に、メンバーの男の子(小6)がなぜか一生懸命スクワットをやっていたので、思わず駆け寄って注意してしまいました。

「膝を足より前に出さないようにやりや!」

最近は割と常識になってきてるけど、時々大人でも昔の方法でやってることがあるので、子供が真似をしてしまうのですね。

私も中高生のころは、そうでした。回数も滅茶苦茶で100回とか1000回とかしてましたもんなあ。

よく故障しなかったと思うけど、部活を途中で辞めたのが幸いしましたか(笑)

子供にはいい方法でトレーニングして欲しいと願います。
posted by 徒手空腹 at 23:59| 大阪 | Comment(3) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月22日

バチの振り方4 速く打つ

速いペースでのトントコトントコという地打ち、ドコドコドコドコの16分音符のような音が続けて打てない原因は、おそらく一つであろうかと思います。「打つとき引くとき両方に力を入れている」これがほとんどでしょう。

打つときは重力を味方につけているとはいえ、大きな音を得るには一定の力が必要になります。バチを引き挙げる際には、強く打てばその分だけ皮面からの跳ね返りも大きいためそれほどの力は要りません。小さくコトコト打つなら、打つ力も弱いぶん跳ね返りも小さいですが、そもそも高く挙げる必要もないわけです。小さく打った後すぐに大きく打たねばならない場合、バチを上に戻すのに余分に力が要ることはあります。しかし先に述べた地打ちの連打のように、同じ音で規則正しく打つだけなら、そう必要ありません。

手を速く動かさなければいけないという思いに駆られて、焦ってしまい、つい力が入ることはありがちです。

「バチを挙げるのに入れる力は最小限にする。」

考えてみれば、これは速く打ちたい時でなくとも通じる方法です。いや、太鼓に限ったことだけでもありません。物を挙げる(重力に逆らう)のは出来るだけ楽をする。これは鉄則ですね。
ラベル:和太鼓
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2012年08月09日

バチの振り方3 小さい音

ああ、気がついたらまた2か月放置… いじめ問題(少年犯罪とか学校内犯罪と言った方がいい話)なんかが気になり、なぜか手を付けないでいました。

とにかく今回は「小さい音」

大きな音が出せないのは、自分で気づくことがありますが、小さな音が出せていないというのは、自分では案外わからないものです。「小さな音なんて簡単だあ」とやる前は思うんですが、ドコツク ドコツク ツコツコ ドクドクみたいに、強弱が素早く入り交じると、「ちょっと思ってたのと違うな」みたいな感じになります。その場合は速く打てないという次の悩みの方に通じるものですが。

「大きな音に力は入れないが、小さな音には力を込めろ」と、よく言われます。いったい何の力か?ということが問題です。

太鼓は打てば必ずバチが跳ね返ります。例えば平打ち(太鼓の面が上に向いている状態)で、普通に打って跳ね返ったのを止めなければ、思いのほか高い位置まで戻ってきます。その分、次振り下ろすときにスピードを出さなくなってしまうでしょう。スピードが出れば、音は大きくなります。よって、音を小さくするには、跳ね返りを止める必要があるということになります。「力を込める」のはその時です。

当たり前の話ですが、太鼓の面ギリギリ近くからバチを構えて打てば、音は小さくなります。基本として、音の強弱はバチと太鼓の面の距離で調節するのが合理的で、見た目もそれらしくなります。

あんまりないと思いますが、大きく振りながら小さく音を出したい場合は、皮の1〜3センチ上面を叩くつもりでやればいいでしょう。
ラベル:和太鼓
posted by 徒手空腹 at 22:29| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月24日

バチの振り方2 「真っ直ぐな軌跡」の体操つき

当初の順番ですと、2は「小さな音を出せない」の悩みに移るはずでしたが、説明の都合上、前回の補足をした上で4の「何か、どう言っていいかわからないけど格好悪い」に触れたいと思います。

中心から末端へのスムーズな動きと停止を、頭で理解したけど、まだ何かつかめない。そういう方がいらしたら、自分の手の動く軌跡を調べてみてください。初心者の人がよくやる打ち方に、肩を中心に手の部分でコンパス上に大きな弧を描くことがあります。私が目の敵にしている「ラジオ体操」の動きね(^_^;)

手は真っ直ぐ動くんですよ、はい。せっかくですから今回は上手な人のを見て確認しましょう。毎年お世話になっております和知太鼓保存会の皆様。格好いい!テレビ用らしく、いろんな角度から撮れた貴重な動画です。体から一番遠く離れた位置にある手が、一瞬バチ先を後方に倒した後は、そこからジェットが付いたように、真っ直ぐ真っ直ぐ太鼓の近くまで飛んできています。

当たり前ですが、バチ先は最終的に人差し指を支点に小さな弧を描いてはいます。細分化して言えば、指も手首の関節を支点に僅かな弧を描きますが、バチを持った拳自体はひたすら真っ直ぐです。手首やバチに素早い円運動をおこさせるには、その根元で円運動をしては上手くいきません。

直線の動きで円運動を得る技術は、球技や武術の経験者には当たり前すぎて意識したこともないかもしれません。逆にそれらが苦手だった方は、「なぜ早く教えてくれなかったんだよ〜」と言いたくなっているかもしれません。そんな人にお勧めの運動をご紹介!

1、 基本の動き
壁の前リラックスして立つ。足先と壁の間は自分の足一つ分くらい(25センチほど)空ける。片方の手をそのまま少し下から前に出して、手の甲を壁にくっつける。指先は下に向けたまま、刷毛でペンキを塗るように、するすると真っ直ぐ上にあげていく。ちょうど前腕が刷毛の柄、手首から指先までが毛の部分と思って、縦の一本線を書いていく感じ。当然途中で手の甲は離れ、指の背、そして指先だけが壁にくっつく状態になる。それも苦しくなったら、はらりと指先を上に向け手のひら側を壁に着けてまた上に。それも限界に達したら来た道をたどって降ろす。ビデオ逆再生の動き。

出来れば片手が下がる時は、反対の手が挙がり、真ん中ですれ違うように。

2、 実際の体操
1が出来たら、10センチ壁から離れて、手は壁に付けないで1センチほど開けた状態で行う。何度かやって慣れたら、壁無しで同じ動作をする。横から人に見てもらって、手がほぼ直線上に上下していたらOK。腕はしなっているように見える。

3、 太鼓に応用する場合
太鼓は平置き。バチを持って先の運動を行う。実際打つ角度は、90度でなくていい。手の軌跡が真っ直ぐであれば良い音が出る。

大きくて澄んだ音が出せるようになった時は、見た目もちょっと様になっているはずです。真っ直ぐ格好よくというキーワードついでに、うちのサークルも以前お世話になった三宅島芸能同志会の皆様の動画もあげておきます。1;05からの本打ちです。体幹が上下ににぶれることなく、左右にきれいに移動しながら、肩甲骨の方は上下に最大限動かすことで、美しいく力強いフォームが生まれています。

但し、ただし!です。表現に数多の可能性を持つ和太鼓の世界において、格好いいとか格好悪いというのを、今までの話だけで片づけるのは無理があります。手の軌跡が明らかに弧を描いている打ち方をしているのに「格好いい」ものもあります。例えば石川県の御陣乗太鼓は、おそらく今回説明したような打ち方をしてしまえば、異形の世界の魅力が損なわれ、全く面白味の無いものになるかと思います。これは意識してこの型を守っているわけで、なかなか奥深く難しそうです。
ラベル:和太鼓
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2012年06月21日

バチの振り方1

和太鼓を初めて最初に苦労する、バチの振り方(打ち方と言っていいですね)で、よくある悩みどころをならべてみましょう。

1、大きな音が出ない。
2、小さな音が出ない。
3、速く打てない。
4、何か、どう言っていいかわからないけど格好悪い。

本稿は1のの「大きな音が出ない」です。

まず、以下のどれかが一つでもあれば、音は小さくなったり、渋ったりします。

1、 握り過ぎ
2、 手が遅い(腕の飛行速度不足)
3、 腕や手が的確なタイミングで止まっていない

1は手だけの問題で、前回と前々回やりました。2,3は体全体のフォームが絡む問題です。

「音は力ではなくスピードで出す」というのは、私が習い始めたころ師匠から言われた言葉です。バチの当たるときの速度が増すほど、音が大きくなるという意味で、基本中の基本です。音が大きく出ないということは、それだけバチが思うより遅くしか振れていないことになります。

あまり良い例えではないのですが、バチ先の加速は二つの事故をイメージすると、理解しやすいのです。時速100キロで走っている車にシートベルト無しで乗り、急停止したとします。実際のブレーキ性能によるものではなく、壁にぶつかるのと同じ真の急停止を想定します。すると、乗っている人間は慣性が働いて前に飛び出し、フロントガラスに衝突します。もう一つのケースは、ありえないことですが、人間が時速100キロで自走してガラスの壁にぶつかる場合です。どちらがより強い衝撃でぶつかっているかと言えば、車の急停止による方です。バチはドライバー、車はバチを持つ手と考えてください。

人間が自走して壁にぶつかる状態を、太鼓に置き換えると、手とバチが一塊で移動している形です。握って打つな、というのはそういうことです。握れば、バチ先の速度=手の速度になってしまっています。手だけの速度と言うのは、頑張ってもたかがしれてますから大した力にはなりません。握らずに手を速く動かして、なおかつ太鼓の寸前で止めることにより、バチを上手く手から飛び出させてやる必要があります。重要なのは、この(車&ドライバー)の原理は、(バチ&手)の関係だけではないということです。(手&前腕)にも当てはまりますし、(上腕&前腕)(肩甲骨&上腕)にも当てはまります。体の中心から末端に向かい遅れて動きながら、順次止まることで倍々と加速していってるわけです。

こことかここの話に戻ることになります。大きくてきれいな音が出たとき、見た目も自分の体も気持ちがいいのは、合理的な理由があるわけです。
ラベル:和太鼓
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2012年06月19日

バチの握り方2

写真を入れて説明しようと思いましたが、なぜか出来ません(T_T) とにかく画像は無しで進めます。

前回最後にふれたポイント、強く握ってないのに、バチを勢いよく振ってもすっぽ抜けない手の形。それはトップと側面が少し割れた円錐形、または穴の開いた逆さまのすり鉢をイメージしてもらうといいかもしれません。

何も持たずに親指と人差し指で輪っかを作りOKにします。で、手のひらが自分に向くようにして見てください。そして残りの指をそっと折ります。親指以外の4指が階段状になり、小指に向かうにつれ外側へ広がるようにしてみましょう。拇指球(親指の骨から手首につながるふくよかな所ね)とで、円錐を横から見た形になるのがわかるでしょうか。正面ちょっと割れて、中身の手のひらが見えます。

この上の穴にバチをすぽりと入れます。親指の輪っかの下は少なくとも手のひらの長さは必要です。

太鼓があるつもりで素振りをしてみます。親指の先が太鼓に向かうように振るわけです。
金槌で釘を打つのと同じ感じで振ると、バチの下部がピシャッと音を立てて、拇指球あたりにぶつかるのがわかります。手で作ったすり鉢の中は余裕があり、バチの下部は前後に素早く運動をします。強く振れば振るほど、バチが手にぶつかる圧力が増して、自動ロックがかかります。

実際に太鼓を打つ場合、バチの下部が手に当たる前に、バチ先が太鼓にあたるでしょう。その場合は打った時のスピードが速ければ速いほど、反射(リバウンド)によりバチが元へ戻ろうとする力も大きい。バチの下部は手のひらの中で小さな扇状の残像を描きます。

でも、これはちゃんと振れている場合の話ということになりますね…

結局ここまで考えてみてわかったのは、バチが手から抜けていくのは、握り方より振り方の問題だということでした。バチ先に遠心力がかかるから、握力が必要になるわけですが、そもそも太鼓を打つのに遠心力は要りません。打つ方に方向を変換してやればいのです。

ということで次回は振り方です。
ラベル:和太鼓
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2012年06月17日

バチの握り方

和太鼓の「ばち」
撥とも桴とも表されます。

「和太鼓 バチ 握り方」で検索すると、。初心者の最初の課題であるため、かなり多くのページにヒットします。全部見て回るわけにはいきませんが、内容は大きく分けて3つに分かれるようです。

1.親指と人差し指で軽く握り、他3本は添えるだけ。力を抜いて振り、太鼓を打った瞬間にだけ、バチが飛ばないように握る。

多分一番多いのがこの方法。私も最初はそう聞きました。

2.小指で握り、他の指は添えるだけ。

剣道や野球のバッティングで言われるのと同じ方法です。

3.1や2の方法を使い分ける。または自分がやりやすい方法で、目的の音とパフォーマンスが可能であればそれでいい。

3は結論としては正しいアドバイスです。打ち慣れてくると、どの指で握っても自在感に大きな変わりはなくなってきます。ただ入門者の場合はとりあえず重要ポイントを一つにして練習しないと、最初から迷うことが多く選択肢を増やすのは不親切にもなりかねません。

今回は一番よく言われる1の方法の検証を通して、握るという行為を考え直したいと思います。(握る前段階の脱力に関しては別の項で記します)

「握る」 この動きを詳しく言い表すとどうなるか?
ヤフーの辞書(大辞泉)なんかだと「手の指全部を内側へ曲げる」なんてありますが、内側という言い方がちょっと、私はひっかかる。

「親指以外の指先を手のひらに近づける」これはどうでしょうか?辞書にあるかどうかは調べてませんが、握る以外にこの動作は出来ないので、間違いではない筈です。当たり前過ぎると思われた方は、先をお読みください。

しかし、しかしなのですよ、これが。太鼓のバチを握っている時、指先を掌に近づけてはいけないことが、わかるんですな。いや、これは太鼓に限ったことだけではなく、まあ「棒状の物を把持して何かする」たいがいのことにあてはまりそうです。

じゃあ、どうやって「握る」のか?
とても簡単です。

「手のひらを指先に近づける」のです。「指先(先端)を手のひら(中心)に近づける」ではなく中心から先端へ近づいていく。これは何も持たずに行うと非常に難しく、下手なパントマイムの真似のようになります。ところがバチや、包丁の柄など、手ごろな太さのものを実際に手にして行うと、すぐに違いがわかります。太鼓なんかしない人は、包丁でカボチャを切ればよくわかります。固いカボチャを丸ごと両断したければ、しっかりと柄を握らなければ危ないのですが、握り方次第では切りにくくなってしまいます。指先を手のひらに近づけていると、包丁は上に挙がり、カボチャから離れるベクトルがかかりますから、それに対抗して余計に押す力を与えないといけなくなります。手首を突き出すように、手のひら(実際は拇指球と言われる所あたり)を人指し指・中指に近づけていけば、握ることと切ることが矛盾なく行えるわけです。

ただ、太鼓の場合、実はもうちょっとややこしい。カボチャほど握る必要ないです。というか出来るだけ、もう握りたくないんですな。

「バチが飛ばないように握る」ということを、経験者は気安く言ってましたが、実際自分は「握っているか?」と自問する必要があります。「飛ばないよう、すっぽ抜けないように握る」と言えば、人は棒にかかる「遠心力」を、把握する力「握力」で対抗することをイメージします。でも、我々はそんなことをしていないのです。「バチが飛ばない手の形」を作っているだけで、手の力はそのための最小限で十分なのです。「手の形を作る」ということが、非常に重要なポイントになるのですが、それに関しては、また次の機会に記します。
ラベル:和太鼓
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2011年07月12日

苦しい動きと楽な動き2

前項で人間はヒンジ運動を嫌うと書きましたが、正確に言うとこれは重力に逆らって何かをしなければいけない場合において主に言えることです。

今や全国的有名になった奈良の和菓子屋さんの餅つきの動画を見てみましょう。

自慢の高速シーンより、最初の基本的な杵つきの方、特に親父さん(鉢巻している店主さん)のが分かりやすいですな。杵を挙げる時は、柄を持った右手を素早くに出して、左手の引きが楽になるようにしています。引いた力が残っている間に、両手が杵の一番重い頭の直下に並んで、ベクトルは上へ上へと向かっていきます。ヒンジ運動を使わずに、重い杵を軽々と自然に突き上げています。

振り下ろすときは逆で、杵はワイパーのように弧を描いて落ちて行ってるのがわかります。杵が半分落ちたところからは、右手の支点動かさず空中の一点にとどめることで、より大きな力が加わるようにしています。「重力に逆らうとしんどい」ヒンジ運動も「重力に従えばかえって楽」であると言えます。

剣術では重い刀を軽く、軽い刀を重くというそうです。これには精神的意味を含んでいるようですが、単純に物理的な解釈をするなら、杵や鶴嘴、スコップなどを使う日常の労働に置き換えるとわかりやすい教訓です。

こういうのは気が付いたら誰もがやっている動作なのですが、改めて考えると面白い発見があります。

ラベル:ヒンジ運動 体操
posted by 徒手空腹 at 14:10| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

苦しい動きと楽な動き

筋力トレーニングというだけで、苦しい思い出が次から次に蘇ってくる…そんな人います?私を含めて我々の世代は結構多いです。非科学的運動としていち早くやり玉に挙げられたうさぎ跳びを小学生自分に経験し、間違ったスクワットや腹筋運動、腕立て、腿挙げと一通り真面目にやってましたな。あと空気イスというのがありましたが、あれは私はやったことないのですが、なぜか女子の運動部に多い気がします。陰湿な後輩イジメに最も適しているから…と言ったの私でなく知人の女性です。まあ、それはさておき、あれらのトレーニングに共通した間違いは何だったのか、改めて考える必要があります。

最近では色んなところで盛んに指摘されていることですが、一般にはなぜかまだ知られていないことなので、念のためにお話しいたします。

ヒンジ運動という言葉があります。ヒンジは蝶番(ちょうつがい)のことです。蝶番を支点(軸)にしてドアが開閉するような動きのことを、ヒンジ運動と呼んでいます。わかりやすくするためにアナログ時計の針の動きで考えてみましょう。6時を指している針が12時のところへ向かうには、針先は針の長さの3,14倍も移動しています。もしこれが人間の作業であるとすれば、とても非効率なことであるといわねばなりません。

ここで重量挙げの動画を一度ご覧ください。フォームが横から見える動画を探したのですが、ありませんな。でもこれは斜めから映してスロー―になっており一番わかりやすいです。バーベルの軌道にご注目ください。体の前を真っ直ぐ垂直に上っています。何か感動しますね。

もう一つはうって変わってフィギャアスケートの映像。ご存じ安藤美姫選手の魅力的なスケーティングに酔いしれないようにして、手の動く軌道だけだけご注目ください。前半のスピーディーな動きの中では、手は弧を描くことなく体に沿わすように持ち上げています。肩〜肘〜手首、そして指先と順番に挙がっていく様子は、美しく妖艶な印象を与えますが、これはよく見ると先の重量挙げと同じであることに気づきます。

小さな体で信じられない重量物を持ち上げるのも、氷上で激しく舞いながら素早く手を挙げるのも共通した垂直上昇の動きをしています。弧を描いて遠回りするヒンジ運動ではありません。

ヒトは本来ならばヒンジ運動を嫌う生き物なのです。

我々が経験してきたトレーニングの多くは、この間違った運動が取り入れられてきました。度々言いますがラジオ体操もその代表です。あんな無駄な動きが生活やスポーツで再現されることは絶対にありません。近頃は「その普段することのない動きをすることが体にも脳にもいい」と言い出す輩が現れてきました。一応何かの学者さんらしいですが、大学の先生というだけで信用できるくらいなら、病人も不況もありやせん話です。前頭葉の血流が高まるからいいとかいう俗説に問題があることは、真面目な脳科学者も指摘しています。

ヒンジ運動で高負荷をかけると非常に苦しさを伴います。それが「力になる」と信じられてきましたが、関節を傷める弊害の方がはるかに多いことがわかってきました。かといって軽負荷では力もつかない、能力も高まらない運動になりかねません。

子供の運動能力を高めるにも、中高年者がストレス解消にスポーツを楽しむ時も、高齢者の体力維持、転倒予防に運動を勧める場合でも、共通して注意すべきことの一つとしてまず押さえておくべきポイントであると思います。

初動負荷理論による野球トレーニング革命 [単行本] / 小山 裕史 (著); ベースボールマガジン社 (刊)
ラベル:ヒンジ運動 体操
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2011年06月03日

ラジオ体操批判ページ

うわぁ〜久しぶりです。
PCには向かいながら、あれどうだ、これどうだと思いながら、何も書かずまた1年。
今回は見ていただきたいページがありましたので。

腱sNOTE ラジオ体操の間違い

またかい!とお思いの方もいらっしゃるでしょうが…私のよりずっといいから(笑)

最近、高齢者施設や学校関係などで運動の話や、実技教室をすることが増えました。対象が小中学生でも高齢者でも、基本となる考えがかわるわけではありません。もちろん筋力や骨量の違う世代ごとに話の内容や実践方法はかわりますが、共通して良い方法、悪い方法というのがあります。やっぱりラジオ体操は×だなあ。でも学校にしても他の施設にしても、たいがいラジオ体操を否定的にとらえている所は少なくて、むしろ推奨しているから言い回しに困ったりします。

ネット上でもラジオ体操にどんな評価しているかと検索してみると、結局は「ためしてガッテン」の内容をうのみにした話だったりする。

そんな中まともな記事を書いておられる方を見つけました。操体法の先生らしく、わかりやすく写真入りで明晰な説明をしているのでご覧ください。変な文章でコメント送っちゃいましたが、そこはご勘弁を。

良質なトレーニングを知るなら
新トレーニング革命―初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開 [単行本] / 小山 裕史 (著); 講談社 (刊)

身体を自由に扱いたいなら
野口体操入門―からだからのメッセージ (岩波アクティブ新書) [単行本] / 羽鳥 操 (著); 岩波書店 (刊)
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2010年03月22日

疑わしい運動テスト

久しぶりに投稿したのは、本業関係でとても気になることがあったから。

よくテレビ番組なんかで「姿勢チェック」だとか「バランス感覚テスト」とかいって、タレントなんかにさせているものがあります。両目をつぶり、その場で足踏みを50回もしくは30秒とかする、あれです。

自分では同じ地点で足踏みをしてるつもりが、前に行ったり、横に行ったり、ぐるっと回っていたりして「わー」と驚くのに対し、ある先生は平衡感覚の問題と言い、ある先生は骨盤の歪みだと言う。

結論から言って、このテストだけでどれもまともに信じる根拠はないのではないか、私は今日自分でやってみてそう思いました。

3回くらいやりましたが、結果は全部違ってたのです。

1回目は左に回旋しました。
以前経験した機械での測定によると、私は体重に比しての筋肉量はかなり多い方らしいのですが、左の腓腹筋(ふくらはぎの筋肉)はなぜか少ない。そのせいなのかと思いました。

ところが2回目は5cmほど前に行き、3回目は右に回りました。2回目3回目では、できるだけ腓腹筋を使わずにやってみたのは事実です。作為を持ってやったのはテストにならないのでしょうか?でも、そうであるならば、最初のテストは「骨盤のゆがみ」とも「平衡感覚」とも関係ないところで、結果が出ている可能性があることになります。

身体のどこかの部分に少しの意識を置くだけで力の入り方は変わります。体調の変化によってその時々、身体のどこかに意識がいってしまうことは多々あります。そういうことは無いほうが珍しい。修行をやり遂げた高僧やヨギならどうかはわかりませんが、われわれ凡人は心も身体も雑念だらけですから。

このテストにおいて、平衡感覚や骨盤の問題が結果に影響することは当然あるでしょう。しかし、それは「骨盤が前傾しているから前に行く」とか「最初の位置からずれるほど前庭機能が低下している」とか、決め付けられる類のものではありません。
posted by 徒手空腹 at 23:10| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

太鼓を始めた不純な動機

和太鼓をやる人の中には、学校教育以外で楽器を触ったことがない、音楽というものにとんと縁がなかったというタイプが結構いたりします。リズム感にも運動神経にも自信がない。それでなぜやろうと思ったのかわからないけど、とにかくやってみたい。そういう人が多分、他の稽古事より多い気がします。(注、正確な典拠はありません)

かく言う私もその一人だったのですな。でも、なぜやるのかということについては、自分なりにはっきりした理由がありました。

それは「左手がつかえるようになりそうだから。手を使う自分の仕事に役立ちそうだったから」です。かなり不純な動機だといえますが、ほかの事を想像していた皆さん、すみません。

嫁さんが友達の友達に太鼓をやっているからと誘われたのを、渋々ついてきたところ、師匠に長胴の平打ちをさせてもらいました。

丹田を意識して体の中心の前に置き、右も左もぶれることなく一定したリズムを刻む。自分の仕事と同じだ。しかしやってみるとリズムが整わない。左手が思うように動かない。

出来ないから面白い。だから続けよう。これがうまく出来れば、治療技術にも良い影響が出るだろう、とそんなことをすぐに考えていました。

人前で演奏するなんて、当初は考えてもいませんでしたな。結局3ヶ月後には夏祭りに参加して叩いてましたけど、まあひどい出来でした。

年数のわりに今も技術は大したことないけど、だから面白いというのはやっぱりあります。何でもすぐできてしまったら、考える暇がないですからね。
posted by 徒手空腹 at 21:58| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

筋肉痛(夜間ハイクにサイクリング)

連休中に小豆島を自転車で一周してきました。2日間で100キロメートルの上り坂下り坂と聞いてまして、重くて盗まれにくいのが取り柄のような私の自転車で可能なのかと不安でしたが、今回はまあ楽勝でした。車に乗れない私にとって自転車は普段から大事な交通手段でして、少々のことでは疲れないことを改めて自覚しました。6日から仕事でしたから筋肉痛がないのはうれしい。

長男が昨年の春にはいった(ボーイ)スカウトのおかげで、こういう貴重な体験が出来とります。リーダーのお手伝いということで、今年はサイクリングをしましたが、去年の秋には45キロの夜間ハイクも経験しました。

この時はちょっとつらかった。完歩はしたものの歩いてる途中から股関節の痛みが出てどうにもならなかったからです。

でも翌日にはやっぱり仕事に出ました。筋肉痛はほぼ治ってましたから。「次の日にくる痛み」というのは防ぐことが出来るのですよ。

私は夜間ハイクの実施日の3週間前に練習として半分の距離を歩いて、筋肉痛を先に作っておいたのです。その時はたった22キロで股関節周囲の筋肉はかなり痛みがでて、3日たっても消えないのでマッサージをしてもらい、やっと楽になるという情けない状態。もともと先天性股関節脱臼で生まれてきて、太腿が外旋しにくいところも影響しているやしれません。

でっ本番の日、16キロくらいからちょっと怪しくなり、22キロ歩いた時点では練習と同じくらいの痛みが出ていました。運動直後の筋肉痛というのは一回やそこらの経験では変わらないのですな。もう30キロくらいで痛みがピークに達して、そこからは足をやっとこさ運んでいる感じでした。

でも次の日の筋肉痛は全然違っていたのですよ!22キロで3日間痛んでマッサージまで必要だったのが、45キロでも翌日は仕事をしても全然大丈夫なのですからえらい違いです。

3週間というのはちょっと間が長すぎるかと思ったのですが十分に有効でした。この期間の限界に関しては、個人差や使う筋肉の部位によって変わるかと思います。詳しく調べた資料をどなたかご存知でしょうか?

サイクリングに使う筋肉は脚だけでなく、上半身にかなりの負担がかかります。それだけ仕事量を分散しているのだから脚は歩くより一層楽です。自転車で45キロ歩行と同じくらい疲れるには、ゾッとするくらいこぎ続ける必要がありそうです。
posted by 徒手空腹 at 00:09| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

ラジオ体操化石化プロジェクト11

昨日は書きかけの記事を間違って保存してしまい、削除したところがなぜか不完全になっていました。せっかく来て頂いたのにあれっと思われた方、すみませんでした。

久しぶりのラジオ体操、今回はこれです。

腕を上下に伸ばす体操

目的は「腕を上下に曲げ伸ばすことで、全身を緊張させ、素早さと力強さを身につける。」ということですが、“全身”を緊張させることと、素早く力強く動くことは矛盾するものです。例えばボールを投げるときに、腕を曲げる筋肉に力が入っていたら、ボールを飛ばすことは出来ません。といっても腕を伸ばす筋肉にも力は要らないのですが、ともあれ瞬間的な筋肉の収縮が起きるとき、裏側にある筋肉(拮抗筋)は力が抜けていることが重要です。だから「全身を緊張」させるのではなく「一部を緊張」させるなら、まだわかります。

人の筋肉は縮む前に引き伸ばされることで、引っ張られたゴムのように「ため」が生まれます。動作の主役になる筋肉は、最初は縮めという信号はもらわないようにして、緩んだ状態であることが肝要です。裏側が縮むことで、主役の筋肉は引っ張られ、中央の太い部分に伸展力が及ぶと、その筋の中の受容体が感知し、反射によって強い収縮力が生まれます。

逆に裏側の拮抗筋では、最初に思い切り縮むことで、主役の筋肉を引っ張ってやります。そして最後まで縮みきることで瞬間的に脱力することが可能になります。

筋肉とは言わば押しバネと引きバネの特徴を兼ね備え、自由に使い分けることが出来る実に素晴らしい器械です。

この体操では例によって左右対称の動きが使われています。左右対称の動きは実は難しい。何が難しいかというと、拮抗筋の弛緩(ゆるみ)を感じることがです。どうしてもお題目通り全身に力が入ります。裏も表もいつも入れっぱなしでカクカクと動かなければいけなくなるんですね。

「腕を上下に伸ばす」といって肩の関節を派手に動かしているように見えますが、回旋に使う筋肉はほとんど使われていません。これに限らずラジオ体操は第1、第2を合わせても回旋筋群の存在は無視されています。この回旋筋こそ、先の述べた押しバネと引きバネの特徴をフルに活かせる場所なのですが、それが使われていないところが問題なのです。

ラベル:ラジオ体操
posted by 徒手空腹 at 23:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

しなる腕

ダンスやフィギヤスケートなどの選手の腕に注目していると、柳の枝やグラスファイバーのごとく弓なりにしなる様子に、見とれてしまうことがよくありませんか。人間の腕は肘の一箇所でしか曲がらないはずなのに、なぜああいう風に曲線に見えることがあるのか、訊かれたことがあります。

そんなときに「鉛筆の手品」を持って例にすると、たいがいわかってもらえます。誰もがやったことのある遊びです。鉛筆の端を親指と人差し指でつまみ、フラリフラリと上下に振るだけで、グニャっと曲がって見えるように見えるという、あれです。

プルプルではなくフラリフラリと振るのがコツです。速さの問題ではありません。プルプルだと鉛筆の残像が扇形に開くだけです。これは、つまんでいる所を空間の一箇所に止めたまま上下させているためで、最も長い距離を移動する先端の弧が大きく見えるようになっています。

フラリフラリはつまんでいる所を先に動かすところがコツです。つまんでいる指を少し上げた後に、遅れてついていくように先端が上がります。下へ落ちるのも同様で、指の後に先が落ちるようにします。そうすることで、鉛筆の両端ともが真ん中より速く上下運動をするようになり、結果弓なりに見えるようになります。

このことを最初の話に戻すと、腕を弓なりに見せて振るには手先より肩甲骨を先に動かす必要があることになります。もっと言えば肩甲骨より肋骨、いや背骨が一番先になると考えたほうがいいでしょう。腕がしなる動かし方は見かけが美しいだけでなく、合理性を伴っています。ダンスだけでなく、野球・ソフトボールの投球、和太鼓、などでもこの腕のしなりはよく見られます。体の中心から引き上げることで、手に持っているものを支点に近づけて、重いボールやバチを軽く上げられるようにしているのです。ラジオ体操の腕を振るポーズがみっともないのは、このことにまったく留意していないからです。こちらの手書きイラストに見られるような、駄々っ子の手の動きは、ラジオ体操と同じく、しなる腕とは正反対の幼稚な身体動作であることを意味していると考えていいでしょう。少なくとも昔は体育の先生より、漫画家のほうが人体構造の理解に秀でていたことがわかりますね。

やさしいダンスの物理学―ダンサーの動きは、なぜ美しいのか [単行本] / ケネス ローズ, マーサ スウォープ (著); Kenneth Laws, Martha Swope (原著); 蘆田 ひろみ, 小田 伸午, 佐野 奈緒子 (翻訳); 大修館書店 (刊)

バレエダンサーのからだとトラブル [単行本] / 蘆田 ひろみ (著); 音楽之友社 (刊)
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2006年10月22日

危ない体操

いろいろあって長らく休んでおりました。少し落ち着いたのと、どうしても挙げておきたい記事があり、またもどってまいりました。

ちょっと前に某テレビ番組で紹介された体操を真似て、すぐ腰痛になったという方が何人かいらっしゃいました。多分日本中で同じことが起きているんだろうなあと思います。(イナバウワーが流行ったときはウチには一人も来ませんでしたが…)

何でも「腸腰筋ダイエット」とかいう触れ込みで、太ももを高く振り上げるようなエクササイズを毎日30回だかするものだったそうです。私は見ていなかったので、その番組のウェブサイトを覗いてみたのですが、普通にやれば腰痛になる人が続出するのは間違いのない内容でした。よくこんな内容を恥ずかしげもなく無責任に垂れ流すものだと感心します。

私も患者さんには体の中心にある大事な筋肉として、腸腰筋(腸骨筋、大腰筋)を使うように多たびたびアドバイスをしています。その際は1種類か2種類の単純な体操を、原則的には必ずその場で見せて真似をしてもらい、フォームをチェックし、運動時の感覚を聞きながら行います。痛みが生じるようではもちろん意味がありませんし、太ももやお尻、腹部などに「重くてしんどい」という感覚も起きないように動かしてもらいます。そうすると「こんな楽なのでは運動にならないのでは?」と聞かれることがしばしばあります。運動なのだからつらいのが当たり前という感覚は、この国の民の真面目さをあらわすわかりやすい一例です。

実際は腸腰筋で太ももを挙げるとそれまでより足の重さが軽く感じるのです。

足を挙げるだけなら腸腰筋を使わなくても、太ももの前面にある筋肉で持ち上げることができます。その際に腹直筋というお腹の筋肉を縮ませて、骨盤を後ろに倒しつつ上のほうへ持ち上げるという、実にしんどい動作をしていることが多いものです。腰痛になる人は日ごろからそういう挙げ方をしています。腸腰筋は体の内部にあるため意識するのがかなり難しいところです。ふつう筋肉を意識するというのは、コリ、痛み、緊張感、痙攣のような異常時にもっともはっきりしますが、ストレッチのような伸展動作でも感じることができます。前屈をしたときに太ももの裏側に走るあのツッパリ感や痛みは、ハムストリング筋が浅い(皮膚に近い)層に走っていることと、角度を強めれば強めるほど限度を超えて伸ばされる力がかかるために、誰でもとてもわかりやすいものです。それに比べると、超腰筋は背骨の前側という“見えない“場所にあり、構造上単独で限度までの伸展をストレッチで感じることは難しくなっています。

腸腰筋を意識できる人は、前述のエクササイズでも問題はおきないでしょう。でも普通はいきなり意識するのは難しいものです。まず今まで力を入れていたところが脱力できるような体制を作ったやることが必要です。この力を抜くというのも、また難しいのは事実です。(私が一番苦手なことだったので、よくわかります)そういう意味では健康なときより「力を入れると痛みがでる」時のほうが、強制的にでも的確な運動を発見しやすいチャンスなのかもしれません。

昨日も「寿命遺伝子を伸ばす骨盤の体操」とか銘打って、尻歩きを勧めていました。土曜のオンエアは止めたほうがいいですね。翌日は休みの治療所が多いでしょうから。



posted by 徒手空腹 at 16:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

先に手を出さないで 2

スポーツに限らず、仕事や楽器の演奏などでも、身体を使うことでは、「体で覚えろ」という言葉が良く使われます。営業など対人関係を重視する仕事でも言われることで、もしかしたらそちらの方が実際に身体の技術を用いる現場より、声に出されているかもしれません。しかし今回はそちらの方は置いておき、身体動作に関してのみ、この言葉について考えてみたいと思います。

「体で覚える」というのは、既に「体で覚えた」ことのある人間にとってはよく実感できる状態です。最初は傷だらけになって覚えた自転車やローラースケートを転がしながら、他の考え事に夢中になっている人は、もはや自分の足がペダルやローラーの上にあることを意識していません。それは「体で覚えている」からだと思いたくなります。

そういう経験者にとって「体で覚えろ」は便利な言葉です。「体で覚えている」自分がやって見せたことを、生徒は目で見てマネをして体で再現すれば良いわけです。

しかしこれが成功するのは、ほんの一握りの人たちです。
マネをするというのはとても大変な作業だからです。

まず人が「見た」と思っている目の前の像が、本当に「見えている」かどうか、これが問題です。「目に映った」のと「見た」は違います。「目に映った」映像は視神経を介して、脳の視覚野で認識されます。ここで人は「見た」と感じるわけですが、このプロセスが結構クセモノなのだそうです。たとえば視力が左右で微妙に違っていると、距離感などを正確に把握できなくなります。視力が左右同じでも、神経を通って脳に届くスピードが違っていたりすることもあるといいます。(このケースが多いらしい)

正しく見ることができない。これ一つ目の関門です。

もう一つは「自分の動作が見えない」ことです。鏡を見る方法はありますが、前に置かなければならず、全体をチェックすることはできません。ビデオに撮って見るというのは、なかなか良い方法ですが、これだけをしてもなかなか動作を変えることは難しいものです。ビデオで見ると、お手本の動きと自分の動きが明らかに違うことがわかります。ではどこを変えればいいのか?これが、わからないことが多いのです。「わかった!」と思って改良してみるけど、やっぱり違う、何か違う、そんなこともあります。

たとえば子供が大人のボール投げや太鼓の演奏を見たとき、腕に注意が集まります。サッカーのシュートを見れば、ボールを蹴る瞬間の足先に心を奪われるものです。
何度も見ているうちに「ああ自分は手をもっと高く上げて投げないといけないな。」「太鼓を打つときは肘が曲がっているのか」などと、子供なりに自分の欠点を直そうとするでしょう。また実際に大人が指導する場合も、その傾向があります。私がハンドボールを習ったとき最初に聞いた投法の原則は「上腕と体の間の角度を90度以上にする」というものでしたし、前回の「肘から出せ」という和太鼓の指導の決まり文句も同じです。間違ったことは決していっていませんが、十分でないことが多いのです。

「下手なとき」というのは、体全体の向きや重心の置き方が、間違っているものです。体全部がつながっているのですから、肘の位置を変えれば、他の部分も動きます。そのまま肘の場所だけを変えても、他のところが正しい方向へ行かなければ、やはりしっくりいきません。

「肘から出せ」でうまくいく場合もあります。それは肘や手など末端の位置を変えたら、体全体の運動の様子を変えないとやりにくくてしょうがなくなり、強制的に良い形に変わってしまうこともあるからです。「一言で上手くいく場合」というのはそんな時です。

ホントのことを言うと和太鼓での「肘から出せ」は、その意味でかなり有効ではあります。これは「ラジオ体操化石化プロジェクト」であげた「体を横に曲げる」ことにつながってくるからです。右の肘を90度に曲げたまま体の正面にずいずいと持っていくと、上体が強制的に右へ傾けられることがわかります。ただしこれとて下半身が棒立ちのままでは、いい形にはなりません。下半身の柔らかさが保てる人には「肘から出せ」は有効ですが、そうでない人には難しい注文になります。

手にしても足にしてもこれは文字通り「枝葉末節」の問題です。根元である「腰」が「体の要」です。打つも、投げるも、蹴るも、歩くも、腰からどう動くかがいつも一番大きな問題です。それなのに腰の動きを言葉で表すことが一番難しいのです。だから「体で覚えろ」「見て覚えろ」になってしまいがちなのです。
posted by 徒手空腹 at 19:47| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

先に手を出さないで!

和太鼓を初心者に教える時に、よく言われる言葉で「肘から出せ」というのがあります。特に、まん前に縦置きした太鼓へ上からバチを振り下ろす時よりも、斜め台などに置いて半身の態勢で打つときなどによく言われます。上からであれば両手とも太鼓との距離は同じですが、半身で横に置いていると、当たり前ですが必ずどちらかの手は遠くから打ち下ろすことになります。たいていの曲では自分の左側に太鼓を置きますので、右手が遠くなります。するとドンドンドンドンのような単調なリズムでも、左手に遅れないようにと右手が焦った動きになります。腕が棒のようになったまま、バチを持った手先だけが飛んでくるのです。体が後からそれについてくる形になるので、ドンとはね返ったときに態勢をくずしてしまうこともあります。

これとよく似た動きでよく見られるのが、子供の球技です。ドッジボールなどで、飛んできたボールを取ろうして目測をするのですが、体を止めたまま手だけを伸ばすために落としてしまう子が結構います。通常、低学年に多く高学年になるにつれ減っていくものです。いわゆる「運動のできる子」というのは、このあたりを教えなくてもクリアしており、体ごと移動してボールに向かうことができます。この「できる」「できない」の差は、小学校へ入る前でもはっきり見て取れるように、生まれつき違いがあるとしか思えません。たびたび書いたように私は運動オンチの方に属するのに対し、兄はとても運動がよくできて、頭抜けて得意というものは無くとも、何をやってもそれなりに様になっていました。同じ両親の子でも、かなりの差がありました。

「できない」を「できる」ようにするために先生がいます。ドッジボールでは実際に「体で捕りにいきましょう」と先生に言われている子がいるでしょう。その一言で上手く捕球ができれば万々歳です。しかし、それでもダメな場合はあります。体をボールに近づけたはいいが、今度は手を下から持ってくるのが間に合わず、胸で跳ね返して泣いたりします。

「体をボールに近づきながら、手をそこへ合わせなさい」と先に言っておけば、そういうことにならないかというと、これはまったくダメでしょうね。二つの要求を同時に与えてすぐにできるくらいなら、最初から苦労は無いんです。同じ失敗でも次につながりやすいものと、つながりにくいものがあるところに注目すべきでしょう。体より先に手を伸ばしてしまう失敗は、言われない限り何度でも繰り返すことが多いですが、体が先に出て手が間に合わないのは、自分で努力して克服しやすいところです。

以前も書いた「中心から始まって末端へ続く動き」が、準備体操、お遊戯、お手伝いのようなものの中で、子供が自然に身につけることができないものかと、私はよく考えます。未だ「これだ!」というような方法は作れておりませんが、体系的に組み立てることは将来可能であろうと思います。
posted by 徒手空腹 at 00:28| 大阪 ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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