和太鼓をやる人の中には、学校教育以外で楽器を触ったことがない、音楽というものにとんと縁がなかったというタイプが結構いたりします。リズム感にも運動神経にも自信がない。それでなぜやろうと思ったのかわからないけど、とにかくやってみたい。そういう人が多分、他の稽古事より多い気がします。(注、正確な典拠はありません)
かく言う私もその一人だったのですな。でも、なぜやるのかということについては、自分なりにはっきりした理由がありました。
それは「左手がつかえるようになりそうだから。手を使う自分の仕事に役立ちそうだったから」です。かなり不純な動機だといえますが、ほかの事を想像していた皆さん、すみません。
嫁さんが友達の友達に太鼓をやっているからと誘われたのを、渋々ついてきたところ、師匠に長胴の平打ちをさせてもらいました。
丹田を意識して体の中心の前に置き、右も左もぶれることなく一定したリズムを刻む。自分の仕事と同じだ。しかしやってみるとリズムが整わない。左手が思うように動かない。
出来ないから面白い。だから続けよう。これがうまく出来れば、治療技術にも良い影響が出るだろう、とそんなことをすぐに考えていました。
人前で演奏するなんて、当初は考えてもいませんでしたな。結局3ヶ月後には夏祭りに参加して叩いてましたけど、まあひどい出来でした。
年数のわりに今も技術は大したことないけど、だから面白いというのはやっぱりあります。何でもすぐできてしまったら、考える暇がないですからね。
2009年05月13日
2009年05月10日
筋肉痛(夜間ハイクにサイクリング)
連休中に小豆島を自転車で一周してきました。2日間で100キロメートルの上り坂下り坂と聞いてまして、重くて盗まれにくいのが取り柄のような私の自転車で可能なのかと不安でしたが、今回はまあ楽勝でした。車に乗れない私にとって自転車は普段から大事な交通手段でして、少々のことでは疲れないことを改めて自覚しました。6日から仕事でしたから筋肉痛がないのはうれしい。
長男が昨年の春にはいった(ボーイ)スカウトのおかげで、こういう貴重な体験が出来とります。リーダーのお手伝いということで、今年はサイクリングをしましたが、去年の秋には45キロの夜間ハイクも経験しました。
この時はちょっとつらかった。完歩はしたものの歩いてる途中から股関節の痛みが出てどうにもならなかったからです。
でも翌日にはやっぱり仕事に出ました。筋肉痛はほぼ治ってましたから。「次の日にくる痛み」というのは防ぐことが出来るのですよ。
私は夜間ハイクの実施日の3週間前に練習として半分の距離を歩いて、筋肉痛を先に作っておいたのです。その時はたった22キロで股関節周囲の筋肉はかなり痛みがでて、3日たっても消えないのでマッサージをしてもらい、やっと楽になるという情けない状態。もともと先天性股関節脱臼で生まれてきて、太腿が外旋しにくいところも影響しているやしれません。
でっ本番の日、16キロくらいからちょっと怪しくなり、22キロ歩いた時点では練習と同じくらいの痛みが出ていました。運動直後の筋肉痛というのは一回やそこらの経験では変わらないのですな。もう30キロくらいで痛みがピークに達して、そこからは足をやっとこさ運んでいる感じでした。
でも次の日の筋肉痛は全然違っていたのですよ!22キロで3日間痛んでマッサージまで必要だったのが、45キロでも翌日は仕事をしても全然大丈夫なのですからえらい違いです。
3週間というのはちょっと間が長すぎるかと思ったのですが十分に有効でした。この期間の限界に関しては、個人差や使う筋肉の部位によって変わるかと思います。詳しく調べた資料をどなたかご存知でしょうか?
サイクリングに使う筋肉は脚だけでなく、上半身にかなりの負担がかかります。それだけ仕事量を分散しているのだから脚は歩くより一層楽です。自転車で45キロ歩行と同じくらい疲れるには、ゾッとするくらいこぎ続ける必要がありそうです。
長男が昨年の春にはいった(ボーイ)スカウトのおかげで、こういう貴重な体験が出来とります。リーダーのお手伝いということで、今年はサイクリングをしましたが、去年の秋には45キロの夜間ハイクも経験しました。
この時はちょっとつらかった。完歩はしたものの歩いてる途中から股関節の痛みが出てどうにもならなかったからです。
でも翌日にはやっぱり仕事に出ました。筋肉痛はほぼ治ってましたから。「次の日にくる痛み」というのは防ぐことが出来るのですよ。
私は夜間ハイクの実施日の3週間前に練習として半分の距離を歩いて、筋肉痛を先に作っておいたのです。その時はたった22キロで股関節周囲の筋肉はかなり痛みがでて、3日たっても消えないのでマッサージをしてもらい、やっと楽になるという情けない状態。もともと先天性股関節脱臼で生まれてきて、太腿が外旋しにくいところも影響しているやしれません。
でっ本番の日、16キロくらいからちょっと怪しくなり、22キロ歩いた時点では練習と同じくらいの痛みが出ていました。運動直後の筋肉痛というのは一回やそこらの経験では変わらないのですな。もう30キロくらいで痛みがピークに達して、そこからは足をやっとこさ運んでいる感じでした。
でも次の日の筋肉痛は全然違っていたのですよ!22キロで3日間痛んでマッサージまで必要だったのが、45キロでも翌日は仕事をしても全然大丈夫なのですからえらい違いです。
3週間というのはちょっと間が長すぎるかと思ったのですが十分に有効でした。この期間の限界に関しては、個人差や使う筋肉の部位によって変わるかと思います。詳しく調べた資料をどなたかご存知でしょうか?
サイクリングに使う筋肉は脚だけでなく、上半身にかなりの負担がかかります。それだけ仕事量を分散しているのだから脚は歩くより一層楽です。自転車で45キロ歩行と同じくらい疲れるには、ゾッとするくらいこぎ続ける必要がありそうです。
2006年12月27日
ラジオ体操化石化プロジェクト11
昨日は書きかけの記事を間違って保存してしまい、削除したところがなぜか不完全になっていました。せっかく来て頂いたのにあれっと思われた方、すみませんでした。
久しぶりのラジオ体操、今回はこれです。
腕を上下に伸ばす体操
目的は「腕を上下に曲げ伸ばすことで、全身を緊張させ、素早さと力強さを身につける。」ということですが、“全身”を緊張させることと、素早く力強く動くことは矛盾するものです。例えばボールを投げるときに、腕を曲げる筋肉に力が入っていたら、ボールを飛ばすことは出来ません。といっても腕を伸ばす筋肉にも力は要らないのですが、ともあれ瞬間的な筋肉の収縮が起きるとき、裏側にある筋肉(拮抗筋)は力が抜けていることが重要です。だから「全身を緊張」させるのではなく「一部を緊張」させるなら、まだわかります。
人の筋肉は縮む前に引き伸ばされることで、引っ張られたゴムのように「ため」が生まれます。動作の主役になる筋肉は、最初は縮めという信号はもらわないようにして、緩んだ状態であることが肝要です。裏側が縮むことで、主役の筋肉は引っ張られ、中央の太い部分に伸展力が及ぶと、その筋の中の受容体が感知し、反射によって強い収縮力が生まれます。
逆に裏側の拮抗筋では、最初に思い切り縮むことで、主役の筋肉を引っ張ってやります。そして最後まで縮みきることで瞬間的に脱力することが可能になります。
筋肉とは言わば押しバネと引きバネの特徴を兼ね備え、自由に使い分けることが出来る実に素晴らしい器械です。
この体操では例によって左右対称の動きが使われています。左右対称の動きは実は難しい。何が難しいかというと、拮抗筋の弛緩(ゆるみ)を感じることがです。どうしてもお題目通り全身に力が入ります。裏も表もいつも入れっぱなしでカクカクと動かなければいけなくなるんですね。
「腕を上下に伸ばす」といって肩の関節を派手に動かしているように見えますが、回旋に使う筋肉はほとんど使われていません。これに限らずラジオ体操は第1、第2を合わせても回旋筋群の存在は無視されています。この回旋筋こそ、先の述べた押しバネと引きバネの特徴をフルに活かせる場所なのですが、それが使われていないところが問題なのです。
久しぶりのラジオ体操、今回はこれです。
腕を上下に伸ばす体操
目的は「腕を上下に曲げ伸ばすことで、全身を緊張させ、素早さと力強さを身につける。」ということですが、“全身”を緊張させることと、素早く力強く動くことは矛盾するものです。例えばボールを投げるときに、腕を曲げる筋肉に力が入っていたら、ボールを飛ばすことは出来ません。といっても腕を伸ばす筋肉にも力は要らないのですが、ともあれ瞬間的な筋肉の収縮が起きるとき、裏側にある筋肉(拮抗筋)は力が抜けていることが重要です。だから「全身を緊張」させるのではなく「一部を緊張」させるなら、まだわかります。
人の筋肉は縮む前に引き伸ばされることで、引っ張られたゴムのように「ため」が生まれます。動作の主役になる筋肉は、最初は縮めという信号はもらわないようにして、緩んだ状態であることが肝要です。裏側が縮むことで、主役の筋肉は引っ張られ、中央の太い部分に伸展力が及ぶと、その筋の中の受容体が感知し、反射によって強い収縮力が生まれます。
逆に裏側の拮抗筋では、最初に思い切り縮むことで、主役の筋肉を引っ張ってやります。そして最後まで縮みきることで瞬間的に脱力することが可能になります。
筋肉とは言わば押しバネと引きバネの特徴を兼ね備え、自由に使い分けることが出来る実に素晴らしい器械です。
この体操では例によって左右対称の動きが使われています。左右対称の動きは実は難しい。何が難しいかというと、拮抗筋の弛緩(ゆるみ)を感じることがです。どうしてもお題目通り全身に力が入ります。裏も表もいつも入れっぱなしでカクカクと動かなければいけなくなるんですね。
「腕を上下に伸ばす」といって肩の関節を派手に動かしているように見えますが、回旋に使う筋肉はほとんど使われていません。これに限らずラジオ体操は第1、第2を合わせても回旋筋群の存在は無視されています。この回旋筋こそ、先の述べた押しバネと引きバネの特徴をフルに活かせる場所なのですが、それが使われていないところが問題なのです。
2006年11月18日
しなる腕
ダンスやフィギヤスケートなどの選手の腕に注目していると、柳の枝やグラスファイバーのごとく弓なりにしなる様子に、見とれてしまうことがよくありませんか。人間の腕は肘の一箇所でしか曲がらないはずなのに、なぜああいう風に曲線に見えることがあるのか、訊かれたことがあります。
そんなときに「鉛筆の手品」を持って例にすると、たいがいわかってもらえます。誰もがやったことのある遊びです。鉛筆の端を親指と人差し指でつまみ、フラリフラリと上下に振るだけで、グニャっと曲がって見えるように見えるという、あれです。
プルプルではなくフラリフラリと振るのがコツです。速さの問題ではありません。プルプルだと鉛筆の残像が扇形に開くだけです。これは、つまんでいる所を空間の一箇所に止めたまま上下させているためで、最も長い距離を移動する先端の弧が大きく見えるようになっています。
フラリフラリはつまんでいる所を先に動かすところがコツです。つまんでいる指を少し上げた後に、遅れてついていくように先端が上がります。下へ落ちるのも同様で、指の後に先が落ちるようにします。そうすることで、鉛筆の両端ともが真ん中より速く上下運動をするようになり、結果弓なりに見えるようになります。
このことを最初の話に戻すと、腕を弓なりに見せて振るには手先より肩甲骨を先に動かす必要があることになります。もっと言えば肩甲骨より肋骨、いや背骨が一番先になると考えたほうがいいでしょう。腕がしなる動かし方は見かけが美しいだけでなく、合理性を伴っています。ダンスだけでなく、野球・ソフトボールのアンダースロー、和太鼓、などでもこの腕のしなりはよく見られます。体の中心から引き上げることで、手に持っているものを支点に近づけて、重いボールやバチを軽く上げられるようにしているのです。ラジオ体操の腕を振るポーズがみっともないのは、このことにまったく留意していないからです。こちらの手書きイラストに見られるような、駄々っ子の手の動きは、ラジオ体操と同じく、しなる腕とは正反対の幼稚な身体動作であることを意味していると考えていいでしょう。少なくとも昔は体育の先生より、漫画家のほうが人体構造の理解に秀でていたことがわかりますね。
そんなときに「鉛筆の手品」を持って例にすると、たいがいわかってもらえます。誰もがやったことのある遊びです。鉛筆の端を親指と人差し指でつまみ、フラリフラリと上下に振るだけで、グニャっと曲がって見えるように見えるという、あれです。
プルプルではなくフラリフラリと振るのがコツです。速さの問題ではありません。プルプルだと鉛筆の残像が扇形に開くだけです。これは、つまんでいる所を空間の一箇所に止めたまま上下させているためで、最も長い距離を移動する先端の弧が大きく見えるようになっています。
フラリフラリはつまんでいる所を先に動かすところがコツです。つまんでいる指を少し上げた後に、遅れてついていくように先端が上がります。下へ落ちるのも同様で、指の後に先が落ちるようにします。そうすることで、鉛筆の両端ともが真ん中より速く上下運動をするようになり、結果弓なりに見えるようになります。
このことを最初の話に戻すと、腕を弓なりに見せて振るには手先より肩甲骨を先に動かす必要があることになります。もっと言えば肩甲骨より肋骨、いや背骨が一番先になると考えたほうがいいでしょう。腕がしなる動かし方は見かけが美しいだけでなく、合理性を伴っています。ダンスだけでなく、野球・ソフトボールのアンダースロー、和太鼓、などでもこの腕のしなりはよく見られます。体の中心から引き上げることで、手に持っているものを支点に近づけて、重いボールやバチを軽く上げられるようにしているのです。ラジオ体操の腕を振るポーズがみっともないのは、このことにまったく留意していないからです。こちらの手書きイラストに見られるような、駄々っ子の手の動きは、ラジオ体操と同じく、しなる腕とは正反対の幼稚な身体動作であることを意味していると考えていいでしょう。少なくとも昔は体育の先生より、漫画家のほうが人体構造の理解に秀でていたことがわかりますね。
2006年10月22日
危ない体操
いろいろあって長らく休んでおりました。少し落ち着いたのと、どうしても挙げておきたい記事があり、またもどってまいりました。
ちょっと前に某テレビ番組で紹介された体操を真似て、すぐ腰痛になったという方が何人かいらっしゃいました。多分日本中で同じことが起きているんだろうなあと思います。(イナバウワーが流行ったときはウチには一人も来ませんでしたが…)
何でも「腸腰筋ダイエット」とかいう触れ込みで、太ももを高く振り上げるようなエクササイズを毎日30回だかするものだったそうです。私は見ていなかったので、その番組のウェブサイトを覗いてみたのですが、普通にやれば腰痛になる人が続出するのは間違いのない内容でした。よくこんな内容を恥ずかしげもなく無責任に垂れ流すものだと感心します。
私も患者さんには体の中心にある大事な筋肉として、腸腰筋(腸骨筋、大腰筋)を使うように多たびたびアドバイスをしています。その際は1種類か2種類の単純な体操を、原則的には必ずその場で見せて真似をしてもらい、フォームをチェックし、運動時の感覚を聞きながら行います。痛みが生じるようではもちろん意味がありませんし、太ももやお尻、腹部などに「重くてしんどい」という感覚も起きないように動かしてもらいます。そうすると「こんな楽なのでは運動にならないのでは?」と聞かれることがしばしばあります。運動なのだからつらいのが当たり前という感覚は、この国の民の真面目さをあらわすわかりやすい一例です。
実際は腸腰筋で太ももを挙げるとそれまでより足の重さが軽く感じるのです。
足を挙げるだけなら腸腰筋を使わなくても、太ももの前面にある筋肉で持ち上げることができます。その際に腹直筋というお腹の筋肉を縮ませて、骨盤を後ろに倒しつつ上のほうへ持ち上げるという、実にしんどい動作をしていることが多いものです。腰痛になる人は日ごろからそういう挙げ方をしています。腸腰筋は体の内部にあるため意識するのがかなり難しいところです。ふつう筋肉を意識するというのは、コリ、痛み、緊張感、痙攣のような異常時にもっともはっきりしますが、ストレッチのような伸展動作でも感じることができます。前屈をしたときに太ももの裏側に走るあのツッパリ感や痛みは、ハムストリング筋が浅い(皮膚に近い)層に走っていることと、角度を強めれば強めるほど限度を超えて伸ばされる力がかかるために、誰でもとてもわかりやすいものです。それに比べると、超腰筋は背骨の前側という“見えない“場所にあり、構造上単独で限度までの伸展をストレッチで感じることは難しくなっています。
腸腰筋を意識できる人は、前述のエクササイズでも問題はおきないでしょう。でも普通はいきなり意識するのは難しいものです。まず今まで力を入れていたところが脱力できるような体制を作ったやることが必要です。この力を抜くというのも、また難しいのは事実です。(私が一番苦手なことだったので、よくわかります)そういう意味では健康なときより「力を入れると痛みがでる」時のほうが、強制的にでも的確な運動を発見しやすいチャンスなのかもしれません。
昨日も「寿命遺伝子を伸ばす骨盤の体操」とか銘打って、尻歩きを勧めていました。土曜のオンエアは止めたほうがいいですね。翌日は休みの治療所が多いでしょうから。
ちょっと前に某テレビ番組で紹介された体操を真似て、すぐ腰痛になったという方が何人かいらっしゃいました。多分日本中で同じことが起きているんだろうなあと思います。(イナバウワーが流行ったときはウチには一人も来ませんでしたが…)
何でも「腸腰筋ダイエット」とかいう触れ込みで、太ももを高く振り上げるようなエクササイズを毎日30回だかするものだったそうです。私は見ていなかったので、その番組のウェブサイトを覗いてみたのですが、普通にやれば腰痛になる人が続出するのは間違いのない内容でした。よくこんな内容を恥ずかしげもなく無責任に垂れ流すものだと感心します。
私も患者さんには体の中心にある大事な筋肉として、腸腰筋(腸骨筋、大腰筋)を使うように多たびたびアドバイスをしています。その際は1種類か2種類の単純な体操を、原則的には必ずその場で見せて真似をしてもらい、フォームをチェックし、運動時の感覚を聞きながら行います。痛みが生じるようではもちろん意味がありませんし、太ももやお尻、腹部などに「重くてしんどい」という感覚も起きないように動かしてもらいます。そうすると「こんな楽なのでは運動にならないのでは?」と聞かれることがしばしばあります。運動なのだからつらいのが当たり前という感覚は、この国の民の真面目さをあらわすわかりやすい一例です。
実際は腸腰筋で太ももを挙げるとそれまでより足の重さが軽く感じるのです。
足を挙げるだけなら腸腰筋を使わなくても、太ももの前面にある筋肉で持ち上げることができます。その際に腹直筋というお腹の筋肉を縮ませて、骨盤を後ろに倒しつつ上のほうへ持ち上げるという、実にしんどい動作をしていることが多いものです。腰痛になる人は日ごろからそういう挙げ方をしています。腸腰筋は体の内部にあるため意識するのがかなり難しいところです。ふつう筋肉を意識するというのは、コリ、痛み、緊張感、痙攣のような異常時にもっともはっきりしますが、ストレッチのような伸展動作でも感じることができます。前屈をしたときに太ももの裏側に走るあのツッパリ感や痛みは、ハムストリング筋が浅い(皮膚に近い)層に走っていることと、角度を強めれば強めるほど限度を超えて伸ばされる力がかかるために、誰でもとてもわかりやすいものです。それに比べると、超腰筋は背骨の前側という“見えない“場所にあり、構造上単独で限度までの伸展をストレッチで感じることは難しくなっています。
腸腰筋を意識できる人は、前述のエクササイズでも問題はおきないでしょう。でも普通はいきなり意識するのは難しいものです。まず今まで力を入れていたところが脱力できるような体制を作ったやることが必要です。この力を抜くというのも、また難しいのは事実です。(私が一番苦手なことだったので、よくわかります)そういう意味では健康なときより「力を入れると痛みがでる」時のほうが、強制的にでも的確な運動を発見しやすいチャンスなのかもしれません。
昨日も「寿命遺伝子を伸ばす骨盤の体操」とか銘打って、尻歩きを勧めていました。土曜のオンエアは止めたほうがいいですね。翌日は休みの治療所が多いでしょうから。
2006年01月09日
先に手を出さないで 2
スポーツに限らず、仕事や楽器の演奏などでも、身体を使うことでは、「体で覚えろ」という言葉が良く使われます。営業など対人関係を重視する仕事でも言われることで、もしかしたらそちらの方が実際に身体の技術を用いる現場より、声に出されているかもしれません。しかし今回はそちらの方は置いておき、身体動作に関してのみ、この言葉について考えてみたいと思います。
「体で覚える」というのは、既に「体で覚えた」ことのある人間にとってはよく実感できる状態です。最初は傷だらけになって覚えた自転車やローラースケートを転がしながら、他の考え事に夢中になっている人は、もはや自分の足がペダルやローラーの上にあることを意識していません。それは「体で覚えている」からだと思いたくなります。
そういう経験者にとって「体で覚えろ」は便利な言葉です。「体で覚えている」自分がやって見せたことを、生徒は目で見てマネをして体で再現すれば良いわけです。
しかしこれが成功するのは、ほんの一握りの人たちです。
マネをするというのはとても大変な作業だからです。
まず人が「見た」と思っている目の前の像が、本当に「見えている」かどうか、これが問題です。「目に映った」のと「見た」は違います。「目に映った」映像は視神経を介して、脳の視覚野で認識されます。ここで人は「見た」と感じるわけですが、このプロセスが結構クセモノなのだそうです。たとえば視力が左右で微妙に違っていると、距離感などを正確に把握できなくなります。視力が左右同じでも、神経を通って脳に届くスピードが違っていたりすることもあるといいます。(このケースが多いらしい)
正しく見ることができない。これ一つ目の関門です。
もう一つは「自分の動作が見えない」ことです。鏡を見る方法はありますが、前に置かなければならず、全体をチェックすることはできません。ビデオに撮って見るというのは、なかなか良い方法ですが、これだけをしてもなかなか動作を変えることは難しいものです。ビデオで見ると、お手本の動きと自分の動きが明らかに違うことがわかります。ではどこを変えればいいのか?これが、わからないことが多いのです。「わかった!」と思って改良してみるけど、やっぱり違う、何か違う、そんなこともあります。
たとえば子供が大人のボール投げや太鼓の演奏を見たとき、腕に注意が集まります。サッカーのシュートを見れば、ボールを蹴る瞬間の足先に心を奪われるものです。
何度も見ているうちに「ああ自分は手をもっと高く上げて投げないといけないな。」「太鼓を打つときは肘が曲がっているのか」などと、子供なりに自分の欠点を直そうとするでしょう。また実際に大人が指導する場合も、その傾向があります。私がハンドボールを習ったとき最初に聞いた投法の原則は「上腕と体の間の角度を90度以上にする」というものでしたし、前回の「肘から出せ」という和太鼓の指導の決まり文句も同じです。間違ったことは決していっていませんが、十分でないことが多いのです。
「下手なとき」というのは、体全体の向きや重心の置き方が、間違っているものです。体全部がつながっているのですから、肘の位置を変えれば、他の部分も動きます。そのまま肘の場所だけを変えても、他のところが正しい方向へ行かなければ、やはりしっくりいきません。
「肘から出せ」でうまくいく場合もあります。それは肘や手など末端の位置を変えたら、体全体の運動の様子を変えないとやりにくくてしょうがなくなり、強制的に良い形に変わってしまうこともあるからです。「一言で上手くいく場合」というのはそんな時です。
ホントのことを言うと和太鼓での「肘から出せ」は、その意味でかなり有効ではあります。これは「ラジオ体操化石化プロジェクト」であげた「体を横に曲げる」ことにつながってくるからです。右の肘を曲げたまま左にずいずいと持っていくと、上体が強制的に右へ傾けられることがわかります。ただしこれとて下半身が棒立ちのままでは、いい形にはなりません。下半身の柔らかさが保てる人には「肘から出せ」は有効ですが、そうでない人には難しい注文になります。
手にしても足にしてもこれは文字通り「枝葉末節」の問題です。根元である「腰」が「体の要」です。打つも、投げるも、蹴るも、歩くも、腰からどう動くかがいつも一番大きな問題です。それなのに腰の動きを言葉で表すことが一番難しいのです。だから「体で覚えろ」「見て覚えろ」になってしまいがちなのです。
「体で覚える」というのは、既に「体で覚えた」ことのある人間にとってはよく実感できる状態です。最初は傷だらけになって覚えた自転車やローラースケートを転がしながら、他の考え事に夢中になっている人は、もはや自分の足がペダルやローラーの上にあることを意識していません。それは「体で覚えている」からだと思いたくなります。
そういう経験者にとって「体で覚えろ」は便利な言葉です。「体で覚えている」自分がやって見せたことを、生徒は目で見てマネをして体で再現すれば良いわけです。
しかしこれが成功するのは、ほんの一握りの人たちです。
マネをするというのはとても大変な作業だからです。
まず人が「見た」と思っている目の前の像が、本当に「見えている」かどうか、これが問題です。「目に映った」のと「見た」は違います。「目に映った」映像は視神経を介して、脳の視覚野で認識されます。ここで人は「見た」と感じるわけですが、このプロセスが結構クセモノなのだそうです。たとえば視力が左右で微妙に違っていると、距離感などを正確に把握できなくなります。視力が左右同じでも、神経を通って脳に届くスピードが違っていたりすることもあるといいます。(このケースが多いらしい)
正しく見ることができない。これ一つ目の関門です。
もう一つは「自分の動作が見えない」ことです。鏡を見る方法はありますが、前に置かなければならず、全体をチェックすることはできません。ビデオに撮って見るというのは、なかなか良い方法ですが、これだけをしてもなかなか動作を変えることは難しいものです。ビデオで見ると、お手本の動きと自分の動きが明らかに違うことがわかります。ではどこを変えればいいのか?これが、わからないことが多いのです。「わかった!」と思って改良してみるけど、やっぱり違う、何か違う、そんなこともあります。
たとえば子供が大人のボール投げや太鼓の演奏を見たとき、腕に注意が集まります。サッカーのシュートを見れば、ボールを蹴る瞬間の足先に心を奪われるものです。
何度も見ているうちに「ああ自分は手をもっと高く上げて投げないといけないな。」「太鼓を打つときは肘が曲がっているのか」などと、子供なりに自分の欠点を直そうとするでしょう。また実際に大人が指導する場合も、その傾向があります。私がハンドボールを習ったとき最初に聞いた投法の原則は「上腕と体の間の角度を90度以上にする」というものでしたし、前回の「肘から出せ」という和太鼓の指導の決まり文句も同じです。間違ったことは決していっていませんが、十分でないことが多いのです。
「下手なとき」というのは、体全体の向きや重心の置き方が、間違っているものです。体全部がつながっているのですから、肘の位置を変えれば、他の部分も動きます。そのまま肘の場所だけを変えても、他のところが正しい方向へ行かなければ、やはりしっくりいきません。
「肘から出せ」でうまくいく場合もあります。それは肘や手など末端の位置を変えたら、体全体の運動の様子を変えないとやりにくくてしょうがなくなり、強制的に良い形に変わってしまうこともあるからです。「一言で上手くいく場合」というのはそんな時です。
ホントのことを言うと和太鼓での「肘から出せ」は、その意味でかなり有効ではあります。これは「ラジオ体操化石化プロジェクト」であげた「体を横に曲げる」ことにつながってくるからです。右の肘を曲げたまま左にずいずいと持っていくと、上体が強制的に右へ傾けられることがわかります。ただしこれとて下半身が棒立ちのままでは、いい形にはなりません。下半身の柔らかさが保てる人には「肘から出せ」は有効ですが、そうでない人には難しい注文になります。
手にしても足にしてもこれは文字通り「枝葉末節」の問題です。根元である「腰」が「体の要」です。打つも、投げるも、蹴るも、歩くも、腰からどう動くかがいつも一番大きな問題です。それなのに腰の動きを言葉で表すことが一番難しいのです。だから「体で覚えろ」「見て覚えろ」になってしまいがちなのです。
2006年01月07日
先に手を出さないで!
和太鼓を初心者に教える時に、よく言われる言葉で「肘から出せ」というのがあります。特に、まん前に縦置きした太鼓へ上からバチを振り下ろす時よりも、斜め台などに置いて半身の態勢で打つときなどによく言われます。上からであれば両手とも太鼓との距離は同じですが、半身で横に置いていると、当たり前ですが必ずどちらかの手は遠くから打ち下ろすことになります。たいていの曲では自分の左側に太鼓を置きますので、右手が遠くなります。するとドンドンドンドンのような単調なリズムでも、左手に遅れないようにと右手が焦った動きになります。腕が棒のようになったまま、バチを持った手先だけが飛んでくるのです。体が後からそれについてくる形になるので、ドンとはね返ったときに態勢をくずしてしまうこともあります。
これとよく似た動きでよく見られるのが、子供の球技です。ドッジボールなどで、飛んできたボールを取ろうして目測をするのですが、体を止めたまま手だけを伸ばすために落としてしまう子が結構います。通常、低学年に多く高学年になるにつれ減っていくものです。いわゆる「運動のできる子」というのは、このあたりを教えなくてもクリアしており、体ごと移動してボールに向かうことができます。この「できる」「できない」の差は、小学校へ入る前でもはっきり見て取れるように、生まれつき違いがあるとしか思えません。たびたび書いたように私は運動オンチの方に属するのに対し、兄はとても運動がよくできて、頭抜けて得意というものは無くとも、何をやってもそれなりに様になっていました。同じ両親の子でも、かなりの差がありました。
「できない」を「できる」ようにするために先生がいます。ドッジボールでは実際に「体で捕りにいきましょう」と先生に言われている子がいるでしょう。その一言で上手く捕球ができれば万々歳です。しかし、それでもダメな場合はあります。体をボールに近づけたはいいが、今度は手を下から持ってくるのが間に合わず、胸で跳ね返して泣いたりします。
「体をボールに近づきながら、手をそこへ合わせなさい」と先に言っておけば、そういうことにならないかというと、これはまったくダメでしょうね。二つの要求を同時に与えてすぐにできるくらいなら、最初から苦労は無いんです。同じ失敗でも次につながりやすいものと、つながりにくいものがあるところに注目すべきでしょう。体より先に手を伸ばしてしまう失敗は、言われない限り何度でも繰り返すことが多いですが、体が先に出て手が間に合わないのは、自分で努力して克服しやすいところです。
以前も書いた「中心から始まって末端へ続く動き」が、準備体操、お遊戯、お手伝いのようなものの中で、子供が自然に身につけることができないものかと、私はよく考えます。未だ「これだ!」というような方法は作れておりませんが、体系的に組み立てることは将来可能であろうと思います。
これとよく似た動きでよく見られるのが、子供の球技です。ドッジボールなどで、飛んできたボールを取ろうして目測をするのですが、体を止めたまま手だけを伸ばすために落としてしまう子が結構います。通常、低学年に多く高学年になるにつれ減っていくものです。いわゆる「運動のできる子」というのは、このあたりを教えなくてもクリアしており、体ごと移動してボールに向かうことができます。この「できる」「できない」の差は、小学校へ入る前でもはっきり見て取れるように、生まれつき違いがあるとしか思えません。たびたび書いたように私は運動オンチの方に属するのに対し、兄はとても運動がよくできて、頭抜けて得意というものは無くとも、何をやってもそれなりに様になっていました。同じ両親の子でも、かなりの差がありました。
「できない」を「できる」ようにするために先生がいます。ドッジボールでは実際に「体で捕りにいきましょう」と先生に言われている子がいるでしょう。その一言で上手く捕球ができれば万々歳です。しかし、それでもダメな場合はあります。体をボールに近づけたはいいが、今度は手を下から持ってくるのが間に合わず、胸で跳ね返して泣いたりします。
「体をボールに近づきながら、手をそこへ合わせなさい」と先に言っておけば、そういうことにならないかというと、これはまったくダメでしょうね。二つの要求を同時に与えてすぐにできるくらいなら、最初から苦労は無いんです。同じ失敗でも次につながりやすいものと、つながりにくいものがあるところに注目すべきでしょう。体より先に手を伸ばしてしまう失敗は、言われない限り何度でも繰り返すことが多いですが、体が先に出て手が間に合わないのは、自分で努力して克服しやすいところです。
以前も書いた「中心から始まって末端へ続く動き」が、準備体操、お遊戯、お手伝いのようなものの中で、子供が自然に身につけることができないものかと、私はよく考えます。未だ「これだ!」というような方法は作れておりませんが、体系的に組み立てることは将来可能であろうと思います。
2005年12月16日
ラジオ体操化石化プロジェクト10
〜体をねじる体操〜
この体操ね。
ねじれていないのだ、これがまた。
ねじれているようで、ねじれていない。「体を横に曲げる体操」と同じく、動いているのは股関節であって、胴体はほとんどそのまま。よく注意してやってみるとわかる。
「まあ、それでも股関節が動かせているなら、やらないよりいいじゃん」という意見もあるかと思う。
確かにそれはそうだ。しないよりマシという点では前回の体を前に曲げる体操より実害は少ない。ただこの運動で「体をねじりました」と認識してしまうことが問題なのだ。本当に「体をねじる」のはどんな感じか、これは簡単に体験していただける方法がある。なので
〜実技をやりましょう!〜
みなさん、足を腰の幅に開いて、「前へ習え!」ように手を前に出してみてください。ただし、手の向きが違います。普通は手のひらを向かい合うように出しますが、ぐりっ一度手のひらを下に向け、そのまま外側まで回してください。手の甲が向かい合う形になりますね。これ第1のポイントです。
じゃあ、次はいよいよ体をねじるわけですが、ここで注意していただきたいことがあります。今、みなさんの顔が前を向いています。ラジオ体操でねじる時は後ろに向きますね。この「ホントにねじる体操」では、顔をずっと、そのまま前を向いたままでやります。これが第2のポイントです。
まず右にねじって(時計回り)みましょう。ゆっくりでいいです。右手は斜め上40度くらいにあげてください。左手はこれに自然についていく感じです。どうしても顔がついていく人は、首ごと回しても結構です。ただし、ねじった後に首を正面に戻してください。左足のかかとは地面から離して行なう方が、スポーツや日常動作に近い現実的な動きとなります。左足がつま先を軸に時計回りに回る格好です。それならば、左の肩が顔の下にくるまで、ねじったまま静止できると思います。
みんな出来たみたいですね。背中の骨や筋肉が動いたのがよくわかったでしょう。これが「からだをねじる、ひねる」ことなんですよ。反対側も同じ要領でして見て下さい。
えっ、なんの役に立つかって?
いろいろありますよ。野球のバッティングやテニス、バトミントンなんかの、スイング系のワザはこれが出来なければなりません。和太鼓でも太鼓を斜め台において正面から打つ時には、この感覚でやるといいんです。見た目が大きく格好よく、速い動きも遅い動きも自在で、音がぐっとさえてきます。
この体操ね。
ねじれていないのだ、これがまた。
ねじれているようで、ねじれていない。「体を横に曲げる体操」と同じく、動いているのは股関節であって、胴体はほとんどそのまま。よく注意してやってみるとわかる。
「まあ、それでも股関節が動かせているなら、やらないよりいいじゃん」という意見もあるかと思う。
確かにそれはそうだ。しないよりマシという点では前回の体を前に曲げる体操より実害は少ない。ただこの運動で「体をねじりました」と認識してしまうことが問題なのだ。本当に「体をねじる」のはどんな感じか、これは簡単に体験していただける方法がある。なので
〜実技をやりましょう!〜
みなさん、足を腰の幅に開いて、「前へ習え!」ように手を前に出してみてください。ただし、手の向きが違います。普通は手のひらを向かい合うように出しますが、ぐりっ一度手のひらを下に向け、そのまま外側まで回してください。手の甲が向かい合う形になりますね。これ第1のポイントです。
じゃあ、次はいよいよ体をねじるわけですが、ここで注意していただきたいことがあります。今、みなさんの顔が前を向いています。ラジオ体操でねじる時は後ろに向きますね。この「ホントにねじる体操」では、顔をずっと、そのまま前を向いたままでやります。これが第2のポイントです。
まず右にねじって(時計回り)みましょう。ゆっくりでいいです。右手は斜め上40度くらいにあげてください。左手はこれに自然についていく感じです。どうしても顔がついていく人は、首ごと回しても結構です。ただし、ねじった後に首を正面に戻してください。左足のかかとは地面から離して行なう方が、スポーツや日常動作に近い現実的な動きとなります。左足がつま先を軸に時計回りに回る格好です。それならば、左の肩が顔の下にくるまで、ねじったまま静止できると思います。
みんな出来たみたいですね。背中の骨や筋肉が動いたのがよくわかったでしょう。これが「からだをねじる、ひねる」ことなんですよ。反対側も同じ要領でして見て下さい。
えっ、なんの役に立つかって?
いろいろありますよ。野球のバッティングやテニス、バトミントンなんかの、スイング系のワザはこれが出来なければなりません。和太鼓でも太鼓を斜め台において正面から打つ時には、この感覚でやるといいんです。見た目が大きく格好よく、速い動きも遅い動きも自在で、音がぐっとさえてきます。
2005年12月15日
ラジオ体操化石化プロジェクト9
〜腰に悪い運動〜
以前うさぶさんがコメントでご指摘下さったように、腰に悪い動き方がラジオ体操にある。「体を前後に曲げる体操」である。後に反る運動は、腰椎、椎間関節に問題のある人でなければ少しくらいやってもいいが、前に曲げる方は健康な人も少し気をつけてもらいたい。謳い文句にあるように、腰痛予防になるどころか、ヘルニアの原因作りになる動きだからだ。
もし立ったまま体を前に曲げたいならば、お尻を後へ突き出すようにして、腰椎はまっすぐにしたまま行なう。胸を張り気味に、顔は前を見たまま、膝はまっすぐにする必要は無い。曲がっていても太腿の後が引っ張られる感覚をおぼえるはずだ。面白いことに先のラジオ体操の写真で言えば、「悪い例」のほうがこれに近い。腰を伸ばすのではなく股関節の体操としてするのが安全である。
腰椎を伸ばしたいなら、仰向けでやるべきだ。最初は片足ずつ、後は両足一緒に、膝の後を抱えて腰を伸ばす。ゆるゆると気持ちのいい角度で無理せずにやればいい。またしゃがんで膝を抱え込むだけでも腰の筋肉はそれなりに伸びてくれる。ただし椎間の障害や、筋肉や筋膜に痛みや炎症などの強い症状がある場合はこれもしてはいけない。(ていうか痛くて出来ないわな)
以前うさぶさんがコメントでご指摘下さったように、腰に悪い動き方がラジオ体操にある。「体を前後に曲げる体操」である。後に反る運動は、腰椎、椎間関節に問題のある人でなければ少しくらいやってもいいが、前に曲げる方は健康な人も少し気をつけてもらいたい。謳い文句にあるように、腰痛予防になるどころか、ヘルニアの原因作りになる動きだからだ。
もし立ったまま体を前に曲げたいならば、お尻を後へ突き出すようにして、腰椎はまっすぐにしたまま行なう。胸を張り気味に、顔は前を見たまま、膝はまっすぐにする必要は無い。曲がっていても太腿の後が引っ張られる感覚をおぼえるはずだ。面白いことに先のラジオ体操の写真で言えば、「悪い例」のほうがこれに近い。腰を伸ばすのではなく股関節の体操としてするのが安全である。
腰椎を伸ばしたいなら、仰向けでやるべきだ。最初は片足ずつ、後は両足一緒に、膝の後を抱えて腰を伸ばす。ゆるゆると気持ちのいい角度で無理せずにやればいい。またしゃがんで膝を抱え込むだけでも腰の筋肉はそれなりに伸びてくれる。ただし椎間の障害や、筋肉や筋膜に痛みや炎症などの強い症状がある場合はこれもしてはいけない。(ていうか痛くて出来ないわな)
2005年12月08日
ラジオ体操化石化プロジェクト8
6と7で体幹の側屈について記したが、まだ説明不足なところがあるので補足。
なぜ体を倒してはいけないのか?
ラジオ体操の側屈は体を横に倒しておこなう。そうすると股関節で大幅に曲がってしまい、脇腹の筋肉が伸びにくいことは述べた。しかし「体を倒さない」というのはもう一つ重要なポイントがある。それは自力抵抗運動をどこで生じさせるかという問題である。
ラジオ体操の場合、体側運動に限らず全て浅層筋(体の外側、皮膚に近いところにある筋肉)同志が引き合う形になる。それに対し、7で述べたような方法だと、浅層筋と深層筋の自力抵抗運動を起こすことが出来る。
ラジオ体操の要領で体を左に倒した場合、確かに右の脇腹には引っ張られた感じがある。ではこれをゴムのように一気に収縮させることは可能か?否である。重たい頭部は運動の支点からはるか遠い先に落ちているため、これを素早く持ち上げることは出来ない。鈍重な等速性の運動が初動となってしまう。
しかし上半身を右にずらせるような動きだと、伸びたゴムを一気に解き放つような力を発揮することが出来る。これは体の外側の筋肉をできるだけ固定させて、背骨に近い筋肉でこれに抵抗することで、力の「ため」を生じさせているからだ。固めた外側に対して内側から力を込めているため、支点から作用点までの距離が、ラジオ体操のときよりずっと近いのがわかる。「筋肉を動かさずに骨を動かせ」とよく言われるのはここだ。
これは筋力を出来るだけ用いずに体重移動でことをなすのに無くてはならない方法である。
なぜ体を倒してはいけないのか?
ラジオ体操の側屈は体を横に倒しておこなう。そうすると股関節で大幅に曲がってしまい、脇腹の筋肉が伸びにくいことは述べた。しかし「体を倒さない」というのはもう一つ重要なポイントがある。それは自力抵抗運動をどこで生じさせるかという問題である。
ラジオ体操の場合、体側運動に限らず全て浅層筋(体の外側、皮膚に近いところにある筋肉)同志が引き合う形になる。それに対し、7で述べたような方法だと、浅層筋と深層筋の自力抵抗運動を起こすことが出来る。
ラジオ体操の要領で体を左に倒した場合、確かに右の脇腹には引っ張られた感じがある。ではこれをゴムのように一気に収縮させることは可能か?否である。重たい頭部は運動の支点からはるか遠い先に落ちているため、これを素早く持ち上げることは出来ない。鈍重な等速性の運動が初動となってしまう。
しかし上半身を右にずらせるような動きだと、伸びたゴムを一気に解き放つような力を発揮することが出来る。これは体の外側の筋肉をできるだけ固定させて、背骨に近い筋肉でこれに抵抗することで、力の「ため」を生じさせているからだ。固めた外側に対して内側から力を込めているため、支点から作用点までの距離が、ラジオ体操のときよりずっと近いのがわかる。「筋肉を動かさずに骨を動かせ」とよく言われるのはここだ。
これは筋力を出来るだけ用いずに体重移動でことをなすのに無くてはならない方法である。
2005年10月26日
ラジオ体操化石化プロジェクト 7
胸郭(実際は骨盤も一緒に)を変形させる動作は、古武術ブーム(といっても関心があるのはかなり一部の人)で一躍注目された。甲野善紀さんが井桁術理として紹介し、ナンバというキーワードで一部の体育指導者の間に関心を持たれている。
この動作は何をやるときでも必要になるもので、こんな風に指摘される前から、もちろん“やる人はやっていた”。上級者の野球のバッティング、テニスのスイングなどを見ればよくわかる。右打ちの場合、打つ前には体重を右足に寄せ、左の肋間を縮める。回旋と共に左側腹を一気に弛緩伸展させ、同時に体重は左足へ移動する。この動作を側屈なしに回旋動作だけですると、うまくいかないばかりか様々な傷害の元となる。回旋よりも胸郭の側屈による上体の水平スライドを意識することで、素早くスムーズに力まないで動作を終了することが出来る。
ボールや人を追ったり、攻撃をかわしたりするために、体を左右に移動する際も、この動きをよく使う。足で地面を蹴るのではなく体重移動でスタートするには、上体が真横に滑っていった方がやりやすい。
胸郭・骨盤の変形をより応用したものに「ナンバ歩き(走り)」があるが、巷間で多く行われている練習法には「少々難あり」の感を私個人は抱いている。自分自身試してやって見て、参考になったところは多くあるのも事実だが、やや不自然な遠回りがありそうなのは気になる。
ナンバをはじめとして、歩行法に関しては、私のような半端者から、体育研究・指導、武術、舞踊などで一線にいる実践家までが、入り乱れて論争をしている最中である。治療家としては、相手ごとにその体型体質にマッチした最適な歩行法を見つけていきたい。まだ完成されていない分野で、やり甲斐のある作業といえる。
この動作は何をやるときでも必要になるもので、こんな風に指摘される前から、もちろん“やる人はやっていた”。上級者の野球のバッティング、テニスのスイングなどを見ればよくわかる。右打ちの場合、打つ前には体重を右足に寄せ、左の肋間を縮める。回旋と共に左側腹を一気に弛緩伸展させ、同時に体重は左足へ移動する。この動作を側屈なしに回旋動作だけですると、うまくいかないばかりか様々な傷害の元となる。回旋よりも胸郭の側屈による上体の水平スライドを意識することで、素早くスムーズに力まないで動作を終了することが出来る。
ボールや人を追ったり、攻撃をかわしたりするために、体を左右に移動する際も、この動きをよく使う。足で地面を蹴るのではなく体重移動でスタートするには、上体が真横に滑っていった方がやりやすい。
胸郭・骨盤の変形をより応用したものに「ナンバ歩き(走り)」があるが、巷間で多く行われている練習法には「少々難あり」の感を私個人は抱いている。自分自身試してやって見て、参考になったところは多くあるのも事実だが、やや不自然な遠回りがありそうなのは気になる。
ナンバをはじめとして、歩行法に関しては、私のような半端者から、体育研究・指導、武術、舞踊などで一線にいる実践家までが、入り乱れて論争をしている最中である。治療家としては、相手ごとにその体型体質にマッチした最適な歩行法を見つけていきたい。まだ完成されていない分野で、やり甲斐のある作業といえる。
2005年10月24日
ラジオ体操化石化プロジェクト 6
久しぶりです、ラジオ体操。
「体を横に曲げる体操」というのがある。こちらである。
この真横への動きも他の体操と同じく、日常動作でもスポーツでも見かけることのない不自然な動きではあるが、ストレッチとしては必要な要素も入っている。主たる目的であるらしい「わき腹の筋肉を伸ばす」は結構なことだ。ただしやるなら音楽に合わせてやるより、二人一組になって横に並び、手を組み軽く伸ばしあいをするほうが良い。上になっている手はタオルなどを介して引っ張り、体のどこにも痛みを感じないように行なう。
〜曲がっているようで曲がっていない体側〜
中学時代にこの体操を「体側の運動」と習った。体側だから体の側面、特に胴体の横を曲げるのが目的のはずだが、実はこの体操ではあまり胴体は曲がっていない。曲がっているようで曲がっていない。曲がっているのは股関節が中心。胸郭はそのままの形である。にもかかわらず、13種の体操のうち横の動きはこれしか無い。そこが実に問題なのだ。(第2体操にも一つあるが本質的に何も変わりがない)
「胸郭を曲げる」といわれて「そんなもん曲げられるかい!」と言われることがある。しかしそう言った人でも、じつは曲げたことがあるのだ。単に意識していないだけである。
日本人は、意識的に胸郭を曲げたポーズを、好んで芸術に用いてきた。金剛力士像や歌舞伎の見得を切る姿を思い浮かべたいただけると良い。あのマネをしてみた時に、左右の肋骨に独特な感覚を得られると思う。下方へ腕を伸ばした方の肋骨は、クシャッと押しつぶしたバネ。腕を上に掲げた方の肋骨は、逆に伸ばしたバネのようになっている。あのような動きこそ、「体を横に曲げる体操」と言っていい。
あれが何の役に立つのか?それは次回以降にお待ち下さい。
「体を横に曲げる体操」というのがある。こちらである。
この真横への動きも他の体操と同じく、日常動作でもスポーツでも見かけることのない不自然な動きではあるが、ストレッチとしては必要な要素も入っている。主たる目的であるらしい「わき腹の筋肉を伸ばす」は結構なことだ。ただしやるなら音楽に合わせてやるより、二人一組になって横に並び、手を組み軽く伸ばしあいをするほうが良い。上になっている手はタオルなどを介して引っ張り、体のどこにも痛みを感じないように行なう。
〜曲がっているようで曲がっていない体側〜
中学時代にこの体操を「体側の運動」と習った。体側だから体の側面、特に胴体の横を曲げるのが目的のはずだが、実はこの体操ではあまり胴体は曲がっていない。曲がっているようで曲がっていない。曲がっているのは股関節が中心。胸郭はそのままの形である。にもかかわらず、13種の体操のうち横の動きはこれしか無い。そこが実に問題なのだ。(第2体操にも一つあるが本質的に何も変わりがない)
「胸郭を曲げる」といわれて「そんなもん曲げられるかい!」と言われることがある。しかしそう言った人でも、じつは曲げたことがあるのだ。単に意識していないだけである。
日本人は、意識的に胸郭を曲げたポーズを、好んで芸術に用いてきた。金剛力士像や歌舞伎の見得を切る姿を思い浮かべたいただけると良い。あのマネをしてみた時に、左右の肋骨に独特な感覚を得られると思う。下方へ腕を伸ばした方の肋骨は、クシャッと押しつぶしたバネ。腕を上に掲げた方の肋骨は、逆に伸ばしたバネのようになっている。あのような動きこそ、「体を横に曲げる体操」と言っていい。
あれが何の役に立つのか?それは次回以降にお待ち下さい。
2005年10月01日
ラジオ体操化石化プロジェクト5
前々回の4で、どうして子供はラジオ体操を真面目にしないかについて、説明が尻切れたまま終わっていたのでここに続ける。
子供が真面目にしない理由
1、“正しい体操”の見本を見ても、目的の動作を意識しにくい。
2、子供が非合理な動きを本能的に避けている。
最初の動作である「腕を前から上げて背伸びの体操」を例にとって考えてみよう。“正しいラジオ体操”の説明は、この体操を制定したかんぽのホームページを参考にしていただきたい。
第一体操の最初の動作の目的は「背伸び」である。説明では「背筋を伸ばす」と書いてあるが、これは「せすじ」と読むのだろう。なぜなら「はいきん」は伸びずに収縮しているのだから、「伸ばす」はおかしい。「背すじを伸ばす」なら、体幹の伸筋である脊柱起立筋などの背筋群を収縮させることとして受けとれる。
背筋群を収縮させるのに、両腕を伸ばして真上に上げるのは、真面目にやれば確かにしんどい。手が真上の最高位置で静止した状態は、いわゆるアイソメトリック運動なわけだが、これが「しんどい」。「しんどい」から筋肉にいいかと言えばそうともいえない。体操や新体操、バレエなどを真剣にする子供以外の、一般の小学生には不要な運動なのだ。
人は好んでアイソメトリック運動などしない。だから「背伸びの体操」を見ても、背を伸ばすことなく、腕だけ伸ばす。前から見た形では、子供の目にそれしか映らないからだ。前述1の目的の動作を意識しにくいことと、2の非合理的運動からの逃避は互いに関係しあって、子供を“不真面目”にさせる。
第一体操のように、両側の背すじを同時に伸ばさせたいならば、末端である肘や手は脱力した状態で運動させるべきだ。一例を挙げると、指先は軽く鎖骨あたりに触れた位置からスタートさせ、そのまま肘をまん前に向けて挙げられる所まで挙げさせる。手は肩の後を越えていく。これ以上挙がらないという点で、一気に脱力して腕を前に落とす。これであれば、とりあえず「挙げられる点まで」というわかりやすい目標に対し、背筋(はいきん)を使わざるを得ない状況が生まれる。ただし、こういう左右線対称の動きは、そもそも非効率的な動作であり、日常動作では避けるべきだし、スポーツ競技でも水泳(平泳ぎ、バタフライ)と重量挙げ(スナッチ)くらいにしか見られない特殊なものと考えた方が良い。
子供が真面目にしない理由
1、“正しい体操”の見本を見ても、目的の動作を意識しにくい。
2、子供が非合理な動きを本能的に避けている。
最初の動作である「腕を前から上げて背伸びの体操」を例にとって考えてみよう。“正しいラジオ体操”の説明は、この体操を制定したかんぽのホームページを参考にしていただきたい。
第一体操の最初の動作の目的は「背伸び」である。説明では「背筋を伸ばす」と書いてあるが、これは「せすじ」と読むのだろう。なぜなら「はいきん」は伸びずに収縮しているのだから、「伸ばす」はおかしい。「背すじを伸ばす」なら、体幹の伸筋である脊柱起立筋などの背筋群を収縮させることとして受けとれる。
背筋群を収縮させるのに、両腕を伸ばして真上に上げるのは、真面目にやれば確かにしんどい。手が真上の最高位置で静止した状態は、いわゆるアイソメトリック運動なわけだが、これが「しんどい」。「しんどい」から筋肉にいいかと言えばそうともいえない。体操や新体操、バレエなどを真剣にする子供以外の、一般の小学生には不要な運動なのだ。
人は好んでアイソメトリック運動などしない。だから「背伸びの体操」を見ても、背を伸ばすことなく、腕だけ伸ばす。前から見た形では、子供の目にそれしか映らないからだ。前述1の目的の動作を意識しにくいことと、2の非合理的運動からの逃避は互いに関係しあって、子供を“不真面目”にさせる。
第一体操のように、両側の背すじを同時に伸ばさせたいならば、末端である肘や手は脱力した状態で運動させるべきだ。一例を挙げると、指先は軽く鎖骨あたりに触れた位置からスタートさせ、そのまま肘をまん前に向けて挙げられる所まで挙げさせる。手は肩の後を越えていく。これ以上挙がらないという点で、一気に脱力して腕を前に落とす。これであれば、とりあえず「挙げられる点まで」というわかりやすい目標に対し、背筋(はいきん)を使わざるを得ない状況が生まれる。ただし、こういう左右線対称の動きは、そもそも非効率的な動作であり、日常動作では避けるべきだし、スポーツ競技でも水泳(平泳ぎ、バタフライ)と重量挙げ(スナッチ)くらいにしか見られない特殊なものと考えた方が良い。
2005年09月29日
前々回コメントについて
こちらで述べましたように、野口体操と野口整体をごっちゃにしたコメントを致しました。つつしんで御詫びと訂正を致します。日本を代表する、しかも対照的なボディワーカーについて、錯綜して記憶していたことは羞恥の極みで、この業界にいるものとして深く反省をしております。ラジオ体操化石化プロジェクトの信用も危うげになりそうですが、これはこれとして続けていきたく思っておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
2005年09月28日
ラジオ体操化石化プロジェクト4
「ラジオ体操でも真面目にやれば汗をかく」というのはオジサン、オバサンの話であると、前回書いた。ここに重要なポイントがもう一つある。実際私たちは中学生くらいのころ「お前らはラジオ体操を馬鹿にして真面目にやっていない」と先生によく言われた。とりあえず言われたので真面目にやったが、それで何が変わったかというと何も無い。まず、なぜ誰も真面目にやる気が起きないのか、それこそ真面目に考えるべき問題なのだ。
どんな競技でも目的がある。それは次のどれか単独、または複合したものと一致する。
1より速く移動する。
2より高く跳ぶ。
3より遠くへ跳ぶ、または飛ばす。
4より重いものを移動する。
5より美しく見える動きをする。
テニスや柔道のように、相手のある競技でもやっていることはこのどれかに含まれる。また日常の労働も、動作だけを見れば1〜4を実現することが効率的とされるし、一部の業務においては5と同じ「美しい所作」が求められることもある。
1〜5は決してバラバラに成立するものではなく、相互につながりを持つ。より遠く飛ぼうとするものは、より速く走れなければならない。より遠く飛ばすには、より重いものを移動する力と技術を得ることで記録を伸張することがある。そして、どの覇者もそれぞれの動きのパフォーマンスは全て美しい。
小さい子供にボールを持たせて投げるところを見せると、真似をして投げようとするが大抵はうまくいかない。足を棒立ちにして肘を曲げたままボールを顔の横あたりに持っていって、ぎこちなく腕を内旋してボールを手から離す。意識は常にボールを持つ手にあり、手首→肘→肩の順に動く様子が見て取れる。それが成長とともに改善されると、体を半身にした態勢から、向き直るタイミングに合わせて、胴体の捻りによって生まれる力を肩→肘→手首→指に伝えて投げる術を得る。
スポーツでなく乗用車に乗り込むような動作一つでも同じことが言える。子供は頭から入ってウニョウニョと四つんばになるようにして乗り込む。おしゃれな大人はお尻から先に入る。
中心から末端に伸びていく動き、これは合理的かつ美しい。ラジオ体操の動きはこの対極の位置するものだ。目的のある動きでもなければ、美しいパフォーマンスでもない、競技の中にも日常の労働の中にさえ見ることの無い、非合理そのものの体操なのだ。
どんな競技でも目的がある。それは次のどれか単独、または複合したものと一致する。
1より速く移動する。
2より高く跳ぶ。
3より遠くへ跳ぶ、または飛ばす。
4より重いものを移動する。
5より美しく見える動きをする。
テニスや柔道のように、相手のある競技でもやっていることはこのどれかに含まれる。また日常の労働も、動作だけを見れば1〜4を実現することが効率的とされるし、一部の業務においては5と同じ「美しい所作」が求められることもある。
1〜5は決してバラバラに成立するものではなく、相互につながりを持つ。より遠く飛ぼうとするものは、より速く走れなければならない。より遠く飛ばすには、より重いものを移動する力と技術を得ることで記録を伸張することがある。そして、どの覇者もそれぞれの動きのパフォーマンスは全て美しい。
小さい子供にボールを持たせて投げるところを見せると、真似をして投げようとするが大抵はうまくいかない。足を棒立ちにして肘を曲げたままボールを顔の横あたりに持っていって、ぎこちなく腕を内旋してボールを手から離す。意識は常にボールを持つ手にあり、手首→肘→肩の順に動く様子が見て取れる。それが成長とともに改善されると、体を半身にした態勢から、向き直るタイミングに合わせて、胴体の捻りによって生まれる力を肩→肘→手首→指に伝えて投げる術を得る。
スポーツでなく乗用車に乗り込むような動作一つでも同じことが言える。子供は頭から入ってウニョウニョと四つんばになるようにして乗り込む。おしゃれな大人はお尻から先に入る。
中心から末端に伸びていく動き、これは合理的かつ美しい。ラジオ体操の動きはこの対極の位置するものだ。目的のある動きでもなければ、美しいパフォーマンスでもない、競技の中にも日常の労働の中にさえ見ることの無い、非合理そのものの体操なのだ。
2005年09月25日
ラジオ体操化石化プロジェクト3
前回あげた予定を変更して、1の筋肉の効果に関しての話をする。
「筋力アップや柔軟性の向上までは期待せず、単なるウォーミングアップとして考えれば、目くじらを立てることも無いではないか?」という疑問を持った方が多いと思う。「では単なるウォーミングアップ」とは何だろうか?
「ウォームアップ」は体温を高めることである。人体は筋肉を収縮させて熱を産生している。だから運動すれば体は自然に温まるのだが、いきなり激しい運動をすると、筋肉や心肺系統への負担が大きくなるため、軽い運動で徐々に体温を上げて体を馴らす。それがウォーミングアップの目的だが、ラジオ体操は決してこれにも向いた体操とはいえない。
結論から言うと、運動量が足らなさ過ぎる。「ラジオ体操でも真面目に全部やれば汗をかく」という人がいるが、それはオジサン、オバサンの話である。考えてみて欲しい。我々が子供のころ、ケイドロ(注・警察と泥棒のこと。探偵ともいう。団体戦鬼ごっこのこと)や宝島、どうま、ドッジボールなどを休み時間に楽しんだものだが、だれも準備体操などしてはいなかった。それで傷害が多かったかというと、特にない。(ふざけて怪我をすることはあるがこれは別)健康な子供の体にとっては、ラジオ体操は体を温めるものにならない。むしろ退屈この上なく、やっている間に、体がなまってしまうくらいたよりないものなのだ。
もちろん健康な子供ばかりではない。総体に最近の子供は日頃の運動が足りないため、体が固くなっているといわれる。骨折の増加はそれと無関係ではないだろう。しかし、これを改善したければ、筋の柔軟性を高める準備運動を積極的にしなければならない。ラジオ体操はその時点で却下、多くの人はストレッチは勧めるはずだ。
ストレッチが重視されるようになったのは、昭和55年頃だったと思う。それまでは日本だけでなく世界的に、準備体操は“号令式”で行なっていた。ところがアメリカのプロフットボールチームの大会などで、選手達が号令もなしに、それどころか「寝っ転がって何かしている」ことが知られるようになり、今ではママさんバレーの最弱チームだって練習前にストレッチをやっている。ラジオ体操よりストレッチの方が、筋肉を伸ばすには良しとされているからだ。
「ラジオ体操で体を動的にほぐした後、静的なストレッチで伸ばすのが筋肉の柔軟性を高めるのに効果的」と思われるかもしれない。しかし、前述したようにラジオ体操は、体をほぐすには運動量が足らないし、実を言えば静的ストレッチの効果も以前ほどは評価されていない。
筋肉をすばやく柔軟にするには、少し大きめの負荷をかけて抵抗運動をする必要がある。抵抗運動の直後に瞬間的に脱力をすることで、筋繊維の伸張に対する受容体の閾値が上がり、結果的に筋肉を伸ばした時の痛みや抵抗感を和らげることが出来る。
負荷の量、リズム、回数、呼吸とのタイミングなどは、最適とするものに諸説ある。古くは日本製の操体法、舶来のPNF、NMT,それに小山裕史先生の初動負荷運動など。どれをやっても「ラジオ体操+ストレッチ」よりも、はるかに効果を感じるはずだ。問題はいささか技術がいる点で、小学生には難しいかもしれないことだが、このあたりは工夫をすれば克服できる。
まとめ
ウォーミングアップとしてのラジオ体操は、健康な子供には無意味だし、体の固い本当にウォーミングアップが必要な子供には、不足すぎる内容だということになる。柔軟体操には今まで使ったことの無い新しい方法を取り入れる必要がある、
「筋力アップや柔軟性の向上までは期待せず、単なるウォーミングアップとして考えれば、目くじらを立てることも無いではないか?」という疑問を持った方が多いと思う。「では単なるウォーミングアップ」とは何だろうか?
「ウォームアップ」は体温を高めることである。人体は筋肉を収縮させて熱を産生している。だから運動すれば体は自然に温まるのだが、いきなり激しい運動をすると、筋肉や心肺系統への負担が大きくなるため、軽い運動で徐々に体温を上げて体を馴らす。それがウォーミングアップの目的だが、ラジオ体操は決してこれにも向いた体操とはいえない。
結論から言うと、運動量が足らなさ過ぎる。「ラジオ体操でも真面目に全部やれば汗をかく」という人がいるが、それはオジサン、オバサンの話である。考えてみて欲しい。我々が子供のころ、ケイドロ(注・警察と泥棒のこと。探偵ともいう。団体戦鬼ごっこのこと)や宝島、どうま、ドッジボールなどを休み時間に楽しんだものだが、だれも準備体操などしてはいなかった。それで傷害が多かったかというと、特にない。(ふざけて怪我をすることはあるがこれは別)健康な子供の体にとっては、ラジオ体操は体を温めるものにならない。むしろ退屈この上なく、やっている間に、体がなまってしまうくらいたよりないものなのだ。
もちろん健康な子供ばかりではない。総体に最近の子供は日頃の運動が足りないため、体が固くなっているといわれる。骨折の増加はそれと無関係ではないだろう。しかし、これを改善したければ、筋の柔軟性を高める準備運動を積極的にしなければならない。ラジオ体操はその時点で却下、多くの人はストレッチは勧めるはずだ。
ストレッチが重視されるようになったのは、昭和55年頃だったと思う。それまでは日本だけでなく世界的に、準備体操は“号令式”で行なっていた。ところがアメリカのプロフットボールチームの大会などで、選手達が号令もなしに、それどころか「寝っ転がって何かしている」ことが知られるようになり、今ではママさんバレーの最弱チームだって練習前にストレッチをやっている。ラジオ体操よりストレッチの方が、筋肉を伸ばすには良しとされているからだ。
「ラジオ体操で体を動的にほぐした後、静的なストレッチで伸ばすのが筋肉の柔軟性を高めるのに効果的」と思われるかもしれない。しかし、前述したようにラジオ体操は、体をほぐすには運動量が足らないし、実を言えば静的ストレッチの効果も以前ほどは評価されていない。
筋肉をすばやく柔軟にするには、少し大きめの負荷をかけて抵抗運動をする必要がある。抵抗運動の直後に瞬間的に脱力をすることで、筋繊維の伸張に対する受容体の閾値が上がり、結果的に筋肉を伸ばした時の痛みや抵抗感を和らげることが出来る。
負荷の量、リズム、回数、呼吸とのタイミングなどは、最適とするものに諸説ある。古くは日本製の操体法、舶来のPNF、NMT,それに小山裕史先生の初動負荷運動など。どれをやっても「ラジオ体操+ストレッチ」よりも、はるかに効果を感じるはずだ。問題はいささか技術がいる点で、小学生には難しいかもしれないことだが、このあたりは工夫をすれば克服できる。
まとめ
ウォーミングアップとしてのラジオ体操は、健康な子供には無意味だし、体の固い本当にウォーミングアップが必要な子供には、不足すぎる内容だということになる。柔軟体操には今まで使ったことの無い新しい方法を取り入れる必要がある、
ラジオ体操化石化プロジェクト2
最初に断っておくが、本稿はラジオ体操のすべてを否定するものではない。例えば近所では、日頃体を動かさない高齢者が一定の運動量をこなすのに、早朝の同じ時間に馴染み深いリズムでラジオ体操をしている。そのように楽しんでやるリクレーションとしての価値までを、批難する気は私にはない。ただ身体能力を出来るだけ効率的に伸ばすべき、小中学校の貴重な体育の時間を割いて行なうには、あまりにお粗末な代物であることを主張するのだ。
〜ラジオ体操のここがいけない〜
1、筋肉に対する効果の無い旧号例式軽負荷運動
筋力アップはもとより望んではいないであろうが、柔軟性を高める効果も無い。
2、運動能力の向上を抑える、末端先行の身体操作
これについての弊害が一番問題かと思う。実際の競技や演技、生活労働とはかけ離れた、役立たずの非合理的な動作の羅列。
3、美的センスを奪う、無味乾燥な身動き
これは2に関連したことでもある。
次回よりは主に2の点を中心にして話を進めたいと思う。
〜ラジオ体操のここがいけない〜
1、筋肉に対する効果の無い旧号例式軽負荷運動
筋力アップはもとより望んではいないであろうが、柔軟性を高める効果も無い。
2、運動能力の向上を抑える、末端先行の身体操作
これについての弊害が一番問題かと思う。実際の競技や演技、生活労働とはかけ離れた、役立たずの非合理的な動作の羅列。
3、美的センスを奪う、無味乾燥な身動き
これは2に関連したことでもある。
次回よりは主に2の点を中心にして話を進めたいと思う。
2005年09月24日
ラジオ体操化石化プロジェクト
こちらでは、現教育界に残る悪しき慣習を、完全に化石化するプロジェクトが練られている。槍玉に上がっているのは、算数の「計算ドリル」と英語の「不自然な和訳」である。
そこで私もこれに習って、前々から密かに考えていたプランを公表することにした。それがタイトルの「ラジオ体操化石化プロジェクト」である。
ラジオ体操という、この日本独自の奇妙なエクササイズの歴史については、「素晴らしきラジオ体操」に詳細が綴られている。「国民の体操」が様々な変遷を経て、現在の形になったのは昭和27年、実に50年以上も前のことだ。現在ほど運動学が発達していない時代に出来た体操が、何の疑いもなく小中学校の体育の時間に使用されているのはおかしい。
ラジオ体操の何がいけないのか、次回以降少しずつ明らかにしながら、これに代わるものを提示できればと考えている。
そこで私もこれに習って、前々から密かに考えていたプランを公表することにした。それがタイトルの「ラジオ体操化石化プロジェクト」である。
ラジオ体操という、この日本独自の奇妙なエクササイズの歴史については、「素晴らしきラジオ体操」に詳細が綴られている。「国民の体操」が様々な変遷を経て、現在の形になったのは昭和27年、実に50年以上も前のことだ。現在ほど運動学が発達していない時代に出来た体操が、何の疑いもなく小中学校の体育の時間に使用されているのはおかしい。
ラジオ体操の何がいけないのか、次回以降少しずつ明らかにしながら、これに代わるものを提示できればと考えている。
2005年06月14日
腰痛と運動
治療院のウエブサイトに今になって、腰痛のページを作った。どこからどこまで書けばいいか迷っていたが、結局えらく簡単な説明になってしまった。
そこでも触れているが「病院で腰痛の治療に腹筋運動を勧められているが治らない」という患者さんが結構いて、未だにそんな指示をしているところがあることに驚く。膝を伸ばすとか、曲げるとかは関係ない。腹筋運動で治る腰痛は、無いとは言わないがごく少数だ。巷で聞く腰痛体操は、腹筋運動の延長のようなもので益のないものが多い。まだ背筋を使ったエクササイズのほうなら、適応になるものは遥かに多く、私もこれは時々取り入れて好評も得ている。(といって運動選手がやっているようなものではないので注意!)
どんな立場の治療家でも、患者本人の努力は活用すべきだと言う人もあれば、鍼灸院に来ている以上は、運動など勧めずに鍼だけで治すのが本当だという考えもある。まあ、それは人それぞれ、ケースバイケースといういい加減な線を保っている。
運動と言えば私の知っている方は、腰痛体操ではなく「週末登山」で治された。中高年の人が主体となったハイキングサークルに入り、土日を利用して近隣の山を歩くものだ。幸い高槻にはポンポン山という“名所”があり、そこそこ自然を感じられるコースがたくさんある。最初は自分より年上の人についていくのも精一杯で、腰も息も苦しかったそうだが、3ヶ月、半年と続けていると、楽しくなっていつのまにか腰痛も治っていたという。仲間にも同じ体験をしている人がいるらしい。
緩やかな坂道を昇るのは、腸腰筋を鍛えるのに適している。鍛えるというと無味乾燥な反復でのイメージがあるが、ハイキングは違う。でこぼこした地道に対応しながら、緩急をつけて働かせるのは、ジムで機械を相手にするよりも気持ちがいい。身体のインテリジェンスを高める、最高の運動療法であると思う。
追記
とはいえ、腰痛症すべての人にハイキングを勧められるものでは絶対ないのでご注意を。
そこでも触れているが「病院で腰痛の治療に腹筋運動を勧められているが治らない」という患者さんが結構いて、未だにそんな指示をしているところがあることに驚く。膝を伸ばすとか、曲げるとかは関係ない。腹筋運動で治る腰痛は、無いとは言わないがごく少数だ。巷で聞く腰痛体操は、腹筋運動の延長のようなもので益のないものが多い。まだ背筋を使ったエクササイズのほうなら、適応になるものは遥かに多く、私もこれは時々取り入れて好評も得ている。(といって運動選手がやっているようなものではないので注意!)
どんな立場の治療家でも、患者本人の努力は活用すべきだと言う人もあれば、鍼灸院に来ている以上は、運動など勧めずに鍼だけで治すのが本当だという考えもある。まあ、それは人それぞれ、ケースバイケースといういい加減な線を保っている。
運動と言えば私の知っている方は、腰痛体操ではなく「週末登山」で治された。中高年の人が主体となったハイキングサークルに入り、土日を利用して近隣の山を歩くものだ。幸い高槻にはポンポン山という“名所”があり、そこそこ自然を感じられるコースがたくさんある。最初は自分より年上の人についていくのも精一杯で、腰も息も苦しかったそうだが、3ヶ月、半年と続けていると、楽しくなっていつのまにか腰痛も治っていたという。仲間にも同じ体験をしている人がいるらしい。
緩やかな坂道を昇るのは、腸腰筋を鍛えるのに適している。鍛えるというと無味乾燥な反復でのイメージがあるが、ハイキングは違う。でこぼこした地道に対応しながら、緩急をつけて働かせるのは、ジムで機械を相手にするよりも気持ちがいい。身体のインテリジェンスを高める、最高の運動療法であると思う。
追記
とはいえ、腰痛症すべての人にハイキングを勧められるものでは絶対ないのでご注意を。
2005年06月06日
ドッジボール よけ方3
避けるというより、かわすと言った方が本当はいい。右側にかわすなら、右足を軸に左半身を後方へ持っていって半身になるのが一番早い。
骨盤を前傾した状態で構えておけば、右の臀筋、側腹筋を急激に縮めるような動きで体を四分の一回転させることになる。普段から子供でもよくやっている動作だが、やったことがない子供もいるにはいる。ボールが来た時、横にスライドして間に合わず当てられてしまう子供などは、一度教えてやったほうがいいかと思う。
骨盤を前傾した状態で構えておけば、右の臀筋、側腹筋を急激に縮めるような動きで体を四分の一回転させることになる。普段から子供でもよくやっている動作だが、やったことがない子供もいるにはいる。ボールが来た時、横にスライドして間に合わず当てられてしまう子供などは、一度教えてやったほうがいいかと思う。


