2007年08月04日

危険な誤解

またizaからの引用です。

自殺するという人は死なない」5割が偏見

「死にたいと言う人は死なない」が本当に偏見なのかどうかという疑問の声も寄せられているようです。

そりゃあ偏見でしょう。精神科医の話では、自殺した人のほとんどが誰かに死ぬ意思をもらしているものだそうです。

じゃあ何でそんな危険な偏見が生まれたか?

それは「死にたい」と言っても自殺しない人も大勢いるからです。口癖のようになっている人もいれば、実際ぎりぎりの境目に耐えながら、何とか生きながらえている人もたくさんいるでしょう。

死にたいと言う人が死なないと信じていると、後者のような人に「じゃあ死んだら」と軽く言ってしまうことがありえます。

それだけは絶対にやめましょう。また語弊のある言い方ですが“死ぬ気が無いのに”軽々しく死ぬなどと言うことも偏見を助長させます。親しいあいだがらで明らかに冗談とわかるとき以外は、間違っても言うもんではありません。
posted by 徒手空腹 at 23:23| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クールビズでも節電ならず

クールビズ、節電効果につながらず 内閣府調査

まあ、そうだろうなあと思います。先月しかたなく防衛大臣を引き受けたような形になった小池百合子さんが、環境相だったころにまいたふれこみは「夏に男性が上着とネクタイを外せば、女性のひざかけがいらなくなる」でした。でも実際、冷房に苦しんでいる患者さんの話を聞くと一概にそうとも言えないのですね。

エアコンの設定温度を下げまくるのは、必ずしも“脂ぎった汗かきのおじさん”とはかぎらないのですよ。「ホットフラッシュに苦しむ更年期の女性」も結構いるんです。

更年期障害の代表的な症状のホットフラッシュは、たいがいの場合は日に数度のことで、常に暑苦しいわけではありません。また冷えのぼせという言葉があるように、上半身は暑くても、足や腰、下腹は冷えていたり、手足に熱が集中したりとかで、体のどこかには冷えが居ついているので、つよい冷房を嫌う人のほうが多いでしょう。しかし、人間の身体は各々様々ですので、ひたすら暑さを嫌う方もいらっしゃる。そんな人と隣の席に座らされると、ひざかけをしても一日で冬の体に凍りつくことになります。

当たり前ですが今回の調査にはそういう事実は発表されていません。とにかく28度または28度以上という温度設定をしているところが少ないということです。

28度は結構きついでしょう。体を動かす作業をしていればかなり汗をかきます。じっとしている職場では、コンピューターがたくさん置かれていて、これのために冷房をやや強くせざるをえない。そういうことで軽装化しても設定温度は変わらないことになるのです。

よそおいとしてのクールビズそのものは、昔の省エネルックと違いうまく行っているようです。しかし経済効果が上がっているということは、それだけたくさん資源を消費したのであり、節電に結びつかなかったのなら、環境政策としては今のところ全くの無駄であることになります。

とにかく軽装化で節電を広めたかったら、まず国会議事堂の中を28度にするところから始めないといけないでしょう。昔は議会でネクタイを外すといったらリベラルの主張だったのに、今は自民の独行になってしまい、ホントはやりたい人が出来なくなっているのかなと思ったりもします。

それでも参院選で大勝した民主党の議員さんは、すぐにネクタイを外すことはないでしょう。本人がよいのなら問題はありません。摂氏28度のなか白熱する論戦に正装して望めば、テレビカメラにもくっきりそのつらそうな姿が映ります。その時にこう言えばいいのです。

「額に汗する人が報われる社会を!」
posted by 徒手空腹 at 14:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

ニンニクはすりつぶすのがいいらしい…

納豆の実験結果捏造発覚に始まって、安直な健康情報の垂れ流し実態が相次いで発表されていますね。今日の朝刊でも山田花子さんを使って笑えない実験をしていた番組があげられていました。

フードファディイズムという言葉でこれらの現象がしばしば説明されているのを見ましたが、こういう馬鹿馬鹿しい傾向は健康やダイエット情報に限らず、いろいろな場面で見受けられます。

「7週間で頭がよくなるための7習慣」
とか
「東大生はリビングで勉強をしている」
とか
「朝の3分のこれだけでビジネスマンが出世する」
とか
「ぼけないために声に出して読む名作」
とか

最後のは上の3つに比べると少しマシなほうかもしれませんが、版権の切れた名作の一部分だけを取り出して並べただけの本で金儲けをしようとしているところが浅ましい。

とにかくこういうものがコンビニの雑誌コーナーなんかで、デカデカと表紙を見せ合っているのを見ると、一応作者の名前をチェックして「こいつの言説には警戒しておこう」と心に決めてしまいます。(実際ろくなことを書いているように思えません)

評論家の宮崎哲哉氏はある番組で「どんなにお金に困っても絶対したくない仕事は何ですか?」の質問に
「“これで頭がよくなる”などといった安直なHow to本」
と答えていました。流石であるなと感じましたな。

で、タイトルの話ですが、ニンニクには血栓を予防する物質が含まれているものの、加熱調理によって効果が失われることが知られていました。

今回アルゼンチンのGalmarini博士が実験をしてみたところ、ニンニクを潰さずに6分間調理した場合、同物質の抗血栓作用が「完全に抑制された」といいます。そこでガーリックプレスで潰してから調理してみると、抗血栓性物質の損失をある程度防ぐことができたそうです。(しかし10分以上の調理で、やはり抗血栓作用の大半が失われてしまったそうな)

すり潰すことで得られる変化の詳しい理由や、切った場合との違いなどは記事では不明です。

ともあれニンニクだけで血栓予防が出来るわけではありませんので、念のために…


posted by 徒手空腹 at 23:30| 大阪 | Comment(3) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

マクロビと牛乳 続き

前回の記事の翌日に電車に乗ると、マクロビオティックということばを二度見かけました。一つは雑誌の吊り広告、もう一つは某私鉄が発行しているフリーペーパーの特集記事でした。雑誌の方では「マクロビって何だ?」というような口調の見出しでした。

翌々日の月曜日には読売新聞の朝刊で、牛乳の売り上げ低下で、酪農農家が悲鳴を上げているという記事が取り上げられていました。やはり、というかもちろんというか、マクロビオティックなど出てきません。牛乳が売れないのは、少子化と飲料商品の多様化が大きな原因と、極めて真っ当な指摘がありました。酪農農家の方はホントに大変でしょうし、気の毒にも思いますが、だからと言って無理な普及を今さらしてもどうだかという気もします。日本の食料自給率から考えても、乳牛の餌に必要な牧草地などは、人間の食べられる農産物が取れるよう、国は補助してでも転換していった方が良いと私個人は思っています。しかし、酪農家にしても、ただ単に生活のためでなく、誇りや情熱を持って牛を育てている方々がたくさんいるわけですし、他にも現実にはいろいろな問題があるでしょうから、あまり無責任なことはいえません。

そこで前回、終わりのほうでちょこっと触れた話に戻ります。マクロビが「流行」に終わっている人と、そうでない人の違いに関してです。

最初にお断りしておきますが、私自身は菜食を貫いているわけでもありませんし、玄米を主食にしてもいません。玄米菜食でも良いかなとは思いますが、今は積極的に実施する意思も理由もないので、わりと食べたいものを食べています。(それでも、他の人に言わせると、随分と野菜をたくさん食べているらしい)

自分の話はさておいて、マクロビオティックに飛びついた人の中には、「マドンナや坂本龍一が愛好していて、欧米ではだいぶ前から注目されている健康法で、元気できれいになれそう」という理由で始めた人もいるでしょう。

それなら昼のTV番組で「更年期には大豆イソフラボン」と唱和しているのと変わりはありません。それだけで長続きする人は少ないでしょう。

古くからマクロビオティックや玄米正食などを真剣にしている人というのは、誰がしているとか、どこかで流行っているとかは関係なくやっています。それも「ただ健康のため」という範囲を超えて、自分の生活に取り入れている人がいます。

菜食が不殺生と結びつくように、「身土不二」も自然の摂理に従う思想として生き方や考え方に入りこんできます。桜沢如一さんをはじめとする、指導者の方たちが書いた本の内容は、食と体の関係だけにとどまりません。基本が陰陽思想なのですが、そこから中庸に始まり、平和とかの話になります。ある種の宗教のような面があることは、たいがいの人が感じるでしょう。

最近のおしゃれな装丁の入門書からは、その手の宗教っぽさは薄れています。時代が要求する形に従うのは、今に始まったことではありません。桜沢如一さんの著作には「戦争に勝つ食べ物」という本だってあるのです。同盟国の総統ヒトラーとムッソリーニがベジタリアンであることを賛美し、我が帝國国民もそれに倣うべしと、ものものしい文体で綴っています。

これはもちろん本心ではなかったかもしれません。あの時代に生き残るために唯一選ぶしかない、苦渋に満ちた決断だったのでしょう。当時の実践者はどんな思いで、指導者の言説を読んだのかわかりません。ひたすら従った人もいれば、変節を嫌って遠ざかった人もいたと思います。

ある人にマクロビオティックがもし思想として身についているのならば、今後社会の趨勢がいかに変わろうとも、また指導者の言説がどう転ぼうとも、さしたる影響は受けないでしょう。その人が自分で考えるための礎として、それを選び、主体性をもとに実践しているのならば、もはや「マクロビオティック」という名称にこだわりを持つことさえなくなるはずです。

思想者ではなく、「信者」になること、それも教義ではなく「ある個人」や「ある団体」や「ある書物」の信者になってしまうことは不幸なことです。主体性の放棄と言う点では、「更年期に大豆イソフラボン」の三日坊主と変わりはないのかもしれません。

物を食うという行動一つとっても、自分が選んでする以上は、そこに自らと一度向き合う姿勢が要求されて当然といえます。多くの「○○で健康になりましょう」流健康法が、そこから逃げるための手段としてしか使われえないのが実情です。それに比べるとマクロビオティックは、自省のチャンスが豊富にあります。また同時代に隆盛を極めた、西式健康法や、今でも根強い人気のある肥田式強健法なども、同じことが言えます。(注.私はどれもしていません)こういうものは何をするかという以上に、どう付き合うか、どう向き合うかということのほうが重要なのかな、という気が私はしておるんです。皆さんはどう思われますか。

posted by 徒手空腹 at 20:33| 大阪 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

マクロビと牛乳

牛乳の旗色が悪いらしいですね。
こちらの記事によると、最近のダイエットブームで、牛乳が槍玉に挙げられ、消費が落ち込んでいるというんです。以前より当ブログでも主張していたことですが、乳製品が骨成長や骨折予防に役立たず、または有害であることは、何年も前から知る人ぞ知っている事実です。高齢者を見ると乳製品を勧めたがるお医者さんも、実はこれを立証するデータを目にしたことはあるはずです。‘97年にメディカルトリビューンおよび日本医事新報という、権威ある医師向けの二大専門誌に掲載されたからです。しかしこれだけ重大なニュースが大新聞で報道されたことはありません。まあ、いろいろ事情があるでしょうから…

そんな話が今になって若い女性を中心に注目されてきたのはどういうことでしょう。ニュースでは“マクロビ”正しくはマクロビオティックの影響だといいます。

マクロビオティックというのは、戦前から戦後にかけて活躍した、桜沢如一という食養家が提唱していた方法です。中国の古代思想である陰陽論を思い切り簡単に、いうなれば俗っぽくわかりやすくした理論を軸に、玄米と菜食による生活を謳っています。私が今の仕事を志した頃(20年前)であれば、知っている人は“ちょっと変わった人”でしかありませんでした。資料が欲しいときは、古本屋へ行ったくらいです。もっとも日本CI協会という組織が存続しており、そこへ頼めば手に入ったでしょうが。

そんないわば“古くさい健康法”が思いもかけぬところから有名になってきたようです。

世界のサカモト、坂本龍一が実践していると言ったのが、数年前。この前後に、おしゃれな装丁の料理本なんかが何冊も出版されました。私が鍼灸学校の図書館や古本屋で読んだ桜沢さんの著書が持っていたイメージを、一新させようとしている努力が見られました。“スローライフ運動”なんかと上手く並行して、乗り上げたこともあるでしょう。

しかし、皆さん、どうですか?知ってました?マクロビオティックのこと。少なくとも私の周辺ではそれほど有名ではありません。ですから牛乳の消費が減ったことと「マクロビ」を関連付けられても、ピンとはこないのですね。

マスコミが持ち上げているだけの流行というのはよくあります。マクロビがそうなのかどうかはわかりません。「浅薄」という熟語がこれ以上ないくらいにぴったりな“癒し”や“健康法”ブームの、枝の一つではないかという指摘も記事にはあります。実践している人の中には、実際それで終わっている人もいるでしょうが、そうでない人も少なからずいるだろうという気はします。

流行で終わっている人と、そうで無い人の何が違うかというのは、単に「長続きしている」とかいうことではありません。ましてや「これで○○が治りました」という経験でもありません。では何なのか?答は次回に持ち越したいと思います。




posted by 徒手空腹 at 12:52| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

大発見か?!2

この絵文字の発見で、白川静先生の研究成果に対し疑問符が突きつけられることも、ひょっとしたらあるんじゃないかというような書き方をしたが、実のところ裏付けが補強される可能性のほうが高いんではないかと思っている。ただしそう思っているのは、我々のようなファンの方であって、あれぐらい偉い人になると、自分の今までの成果なんかより、早く現物が見たい、真実を知りたいという欲求の方が強いんだろうなと想像もする。(多分世界一強い)

今後研究が進むにつれ、漢字の成立が祭祀や呪術に係るものであるという認識が、より一層広まるかもしれない。そうなったら小学生向きの漢字教本にも、殷時代の宗教観や習慣が同時に憶えられるようなおまけが付くようになるのだろうか。そうなったら面白い。もちろん白川学説を小学生にわかるように説明するのは、かなり工夫がいるだろうと思う。しかし早くから漢字の本質に少しでも近づくことで、今まで我々が持ち得なかった世界観を持つ子も現れるかもしれない。漢検で一級を取るよりも、漢字を作った人々の意識に迫ることの方が、素敵な作業に決まっている。


いずれにせよ「安の字は、家で女性が家事をしていると家が平安になることからきている」なんていう説明を続けていっていい理由はない。安の上部は家ではなく祖廟であり、嫁に入った女性が先祖を祀る形を意味しているという。冷静に考えれば、女が家事をして家が安まるなどというのは、それが当たり前の時代であれば字にはしないことが想像つく。また文字を作る階層の家ならば、家事など奴隷がしていたはずだ。「女が家に」は孔子以降の見方だろう。殷時代は今の我々がイメージしている“昔”とは全然違うのだ。

「常用字解」は中高生にも読めるように編集されたらしい。しかし読んでいる学生は少ないだろう。今は治療所においてあるけど、明日あたりにこっそり子供部屋において様子を見るつもりだ。いつか興味を持ってくれたらうれしい。そういえば、うちの中学校の図書室には備えているんだろうか。無かったら即刻入れさせないかん。

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2005年10月12日

大発見か?!

接続障害なんかがあって、しばらく更新していなかったけど、この大ニュースに触れずにはおれないので、ラジオ体操は一休み。

「甲骨文字の数千年前」中国最古?絵文字発見
おおっと、大変なもんが見つかったなと、実に驚いている。私は鍼灸の仕事をしているが、治療のバックボーンはいわゆる古典派というか、伝統派というか、そっち系の人間なので、普通の人よりちょっと漢字と付き合いが深い。こっちにも書いたように、白川静先生の常用字解を文字通り常に用いて、経穴(ツボのこと)の意味を調べたりしている。

なぜ経穴の意味を調べるのに使うかといえば、現在の字義では今一つ意味がわからない名前のものが数多くあるからだ。古代の人がどんな治療に、どんな考えを持ってその部位に手を触れたかを知るには、その当時に通っていた漢字の意味を知る必要がある。

経穴の成立時期は不明で、全てが同じ時代に出来たものでもない。現存する医書で最も古い素問に書かれている経穴が、前漢よりはるか以前から伝えられたものである可能性もある。だからその可能性も踏まえて、説文解字のバイアスがかかっていない、文字の考証を参考にしていたのだ。(説文解字は後漢時代、許慎によって書かれたもので、文字の成立についての記載があるが、すべて秦の篆文をもとに書かれたものであり、白川静先生によればその解釈にはコジツケたようなものが多いという。しかし我々が小学校などで習った文字の成り立ちは、この説文解字を原点にしたものであるし、今でも多くの漢字辞書がこの域を出ていないのではないだろうか。)

しかし今回の発見は、白川先生が研究していた金文や甲骨文字より、さらに古い時代のものという。内容によっては、また認識を改めなくてはならない事態もある。楽しみでもあり、怖いようでもある。

いつかの石器みたいに「捏造でした」とかは無しにして欲しいな。
posted by 徒手空腹 at 00:00| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月20日

米国発 肥満のニュース二題

19日ワシントン発で肥満に関する意外なニュースが飛び込んできた。
河北新報ニュース 太目のほうが死亡少なかった

肥満が深刻な社会問題になっている米国で、最新データを基に体格と死亡数の関係を調べたところ、肥満まではいかない「太り過ぎ」に分類された人たちの方が、標準とされる集団より死亡数が少ないことが、米疾病対策センター(CDC)の分析で19日分かった。

肥満と太り過ぎの区別は、体重(キロ)を身長(メートル)の2乗で割った体格指数(BMI)が元になる。30以上を肥満、25以上30未満が太り過ぎ、18.5未満がやせとされる。詳しい情報によると、今回は過去3回の大規模調査を基に、死亡数が標準(18.5以上25未満)の集団とどれだけ差があるか、2000年時点の推定として算出したとのことである。

そんなニュースがあった同じ日付で、これまた肥満に関する新発見が米国発で入ってきている。
四国新聞社 肥満は生後8日で決まる

将来肥満になるかどうかは、生後8日までにどれだけ急激に体重が増えたかと密接に関係していることが分かったと、米ペンシルベニア大などのチームが19日付の米医学誌「サーキュレーション」に発表した。人工栄養で育った米国人を調査した。

大分前から赤ちゃんの時の体重の増え方が、将来の肥満度に影響すること知られていたけど、今回の発見は“最速”である。詳しい話によると生後8日までの体重の増え方が大きい人ほど、BMI25以上の太り過ぎになる率が高く、体重増は全体で0-400グラムの幅があったが、100グラム増えるごとに将来太り過ぎになる危険が28%高まるという結果が出たとのこと。

「なんだ、ちょっと太っている方が長生きすんのか」とか「今度生まれてくる子供をを長生きさせるには8日までに太らせよう」とか「太って長生きするんなら余計にいやだ」とか単純に決め付けてはいけない。全ての人種で当てはまるかどうかはわからないし、どちらのニュースでも米政府は肥満が従来どおり問題であることを警告している。

欧米の人は総じて食べ過ぎのようだけど、アメリカの場合量より質のひどさで有名。冷凍食品とファストフードを一番消費している国民で、色々と余計な物を溜め込んでるんだろう。もしかしたら脂肪を皮下に置きたがる太目・太り過ぎの人より、痩せ型の人のほうが実は肝臓に溜まる毒素が多かったりするんだろうか。
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2005年03月29日

妊婦の骨盤帯痛に鍼が有効

鍼の有用性がスウェーデンの研究で実証されたそうだ。

標準的ケアを受けた妊娠12-31週の妊婦386例を対象に、3グループに分けてされた研究である。標準的ケアというのは、身体活動、安静、腰・骨盤に関する基本的な教育である。日本の産科でやってるお産教室みたいなものだろう。また、腰を支持するために骨盤ベルトを装着させ、腹筋・臀筋を強化するために家庭運動プログラムも全員におこなっている。

これらを実践しただけのグループが一つ。

2つ目のグループはそれに加えて、週一回2セッションの鍼治療を6週間受けたとあるが、具体的にどのようにしたかはわからない。ただやはり、骨盤周囲への刺鍼は控え、遠隔配穴を中心にしたようである。

3つ目のグループは、標準的ケアを受け、腰・骨盤を安定化するために、1日を通して家庭でトレーナーの指導のもと、6週間訓練するよう指示された。

骨盤帯痛は鍼治療グループで最も軽減し、その次が安定化訓練グループであった。標準的ケアだけを受けた女性に改善は認められなかったとのこと。この知見は、毎朝晩記録された患者の疼痛報告および試験官の評価に基づくものである。

治療期間中および1週間後の追跡時に、重篤な副作用が認められた女性はいなかったそうだ。

我々から見たら「そりゃあ当然の結果だろう」ってね?
posted by 徒手空腹 at 22:58| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

名人の死を悼む

一度でいいからナマで桂文枝さんの「浮かれの屑より」を見たかった。
小文枝時代にされたのをテレビで一度見ただけで言うのは、誠におこがましいけど、あれは上方が誇る無形文化財だったと思う。しゃがんだまま歩き回ったり、踊ったりするのは上方落語でも異端な噺だが、それを息も切らさずあれだけ優雅にやってのける人など他にはいない。

東京の落語ファンには、上方落語は音曲が騒々しいなどとケチをつけるヤツがいるが、それは文枝の芸をたまたま見なかった不運な人か、見たけどわからない無粋な人か、わかっているけど悔しいから認めていないひねくれ物か、そのどれかに決まっている。

74歳は惜しい。心から御冥福を祈ります。
posted by 徒手空腹 at 22:27| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月07日

羊頭狗肉

文字通りのハマグリわずか 市民団体が店頭調査
スーパーなどでハマグリと表示されている商品の大半が、日本で古くから食されている和名「ハマグリ」の貝ではなく、シナハマグリやチョウセンハマグリであることが、市民団体の調査でわかったとある。

別にハマグリはそんなによく食べる方ではないけど、少し気になって検索してみたら、すでにこのことは常識のようにあちこちに記されていた。またチョウセンハマグリは名前とは違い、れっきとした在来種のハマグリとあり里海の会〔WEB講座〕ハマグリとチョウセンハマグリ
ここなんかで見ると、貴重なごちそうであることもわかる。

しかしシナハマグリのほうは名の通り大陸産のもので、輸入して蓄養していたのが逃げ出して繁殖した物である。ハマグリが生簀を越えて海に逃げ出す姿を想像しても、何やらおかしいだけであまり胸を打たれたりはしない。

問題なのは、この野生化したシナハマグリが日本在来のハマグリを「犯した」ことらしい。交配種が生まれているのだ。シナハマグリの味はハマグリやチョウセンハマグリが四ツ星ならば二つほど落ちるとのことで、私が日頃口に入れていたのは、もとよりこの二ツ星の貝だったようだ。(交配種が三つ星になるのかどうかはわからない)

大体日本の食品の表示は規制が甘いことで知られている。昨年だったか、近所のとあるスーパーでえらい物が売っているのを見た。

トリュフである。チョコではなくきのこのトリュフである。値段を見て、またびっくりした。5個入って400円!である。一個で5桁を下らないはずの貴重品が400円とは、もしかしてまた日本の優れたハイテクによって、世界に先駆け人口栽培に成功したのかと一瞬考えた。しかしもう一度パックをよく見ると、「浙江省産」とある。そういえば形はトリュフだが、色がいやに赤茶けている。私は人目を気にしながらも込み上げる衝動に耐え切れず、パックを手にとり何気なくラップの上から匂いを嗅いでみた。

カブトムシを飼っているおがくずの臭いがした。その時私を含めて買う人は誰一人いなかったが、今になると実際に味を確かめなかったことにやや後悔している。多分死にはしなかったと思うから。必ず続きをお読み下さい
posted by 徒手空腹 at 22:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

京都議定書発効で

いかにも揚げ足を取るような話だけど、環境保護団体グリーンピースのパフォーマンスに疑問を持ったのは私だけではないだろう。
なぜ温暖化防止のメッセージに熱気球なのだ?
揚げた途端に横断幕がずり落ちたのは、偶然ではないわ。
posted by 徒手空腹 at 23:45| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月11日

野菜を食べると金銭管理能力が良くなる?

「牛乳、果物、野菜を多く含む健康的な食事を摂取すれば体力維持だけでなく金銭管理能力にも有効な可能性がある。」などという研究結果が、ノースカロライナ大学のHouston博士によって発表されたそうな。健康な中年の男女940例を対象に9年間にわたり調べたことでらしい。

牛乳(乳製品)、果物、野菜を多く含んだ食事を「健康食」として、高摂取群ほど身体的には強かったとのこと。で、面白いのは家の雑用や金銭管理などについても詳細を報告させた結果、「健康的」な食生活をしている者は優れているデータが出たという。「道具的ーinstrumental」活動の能力と呼んでいるが、そのニュワンスは語学が苦手の私にはよくわからない。

意外なのは「不健康」食生活群が5年後に身体的なリスクに見舞われる確率が、女性に顕著で男性には認められなかった、というところか。

日本人と白人及びアフリカ系米国人では、栄養の吸収能力においてかなりの違いがある。牛乳の嫌いな人は、この話でヨーグルトに飛びついたりしてはいけない。それに「健康な食事をしている人は金銭にしっかりしている」というのがもし仮に事実であったとしても、「野菜を食べると金銭にしっかりする」という意味には決してならない。これは未だによく間違えられることの一つである。
posted by 徒手空腹 at 22:44| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月11日

大統領のまばたき

<米大統領選>ブッシュ氏まばたき激減 第2回討論会 (毎日新聞)

“だからどうなんだと突っ込みたくなって必ず覗いてしまう見出し”の典型である。
あるボストン大の教授によるとまばたきはストレスの増加に伴ってその回数が増えるという。だからこの先生は大統領選の討論会中候補者のまばたきをずっと数えて、両者のストレス度を推測していたらしい。確かに一分間の平均回数が第一回討論会の109回から二回目の23回というのは極端な変化ではある。
中国医学では目は肝より開く窮(あな)という。肝は解剖学で言う肝臓ではない。もともと肉月に盾を意味する干とあるように、防衛機能を意味している。目の潤いが減ったり見えにくくなったりしている時は肝へ行く血が減ったり、気が詰まったりしている。肝の防衛機能はストレスによって疲弊するので、まばたきの回数とストレスは関係する場合もあるだろう。
ただ人間のストレスのように多様で複雑な機序を踏む現象に、一つの目安だけで判断するのが危険であることは言うまでも無い。
それとは別にもしかしたらこの報告には裏があるのか。
例えばブッシュ陣営から「大統領はとても今落ち着いた思考状態にあることを証明する根拠を出してくれ」と頼まれたとか。政治のことに無知なのでその程度のことしか思いつかないが、じっさいどうなんだろう。



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2004年08月23日

国立スポーツ科学センター

アテネ五輪と科学(ちょこっとサイエンスブログ)
今回の異常といってもいいほどのメダルラッシュは、協力した専門家も予想できなかったんだなあ。
アテネが終わってからもこの施設の仕事は続くのだろう。今後の研究の動向に注目しよう。
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2004年08月02日

眠れない時は羊より牛?

安眠牛乳(渉雲堂別館)
この元ネタのニュースを読んだ時は何だか笑ってしまった。「イモリの黒焼き」の作り方を思い出したからだ。
古くから媚薬として伝わるこの薬は、まず交尾最中のイモリを見つけることから始まる。それら二匹を無情に引き離し、別々のツボに入れ恋焦がれる熱情で自ら実を焦がし始める。その間に火で焙る。そんな話だったと思う。昔の悪徳医師や薬屋が「これはそんじょそこらのイモリじゃない」と付加価値を高めて値段を吊り上げるために出来たネタだろう。
だまされた人がいたのかどうかわからないが、よく出来た口上なので「だまされたつもりで」買った人はいたかもしれない。
ナイトミルクはそれに比べたら多少は科学的な根拠がありそうだが、渉雲堂さんが危惧しているようなことは充分すぎるほどありうる。
ただの牛のニセ商品も嫌だが、もし睡眠剤で寝かした牛のミルクとかがでたらもっといやだな。
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2004年07月01日

関西弁が堂々の三位

世界で最も翻訳が難しい単語はコンゴの「ilunga」
関西弁の「なあ」が「世界で最も外国語に翻訳しにくい言葉」の第三位に選ばれたそうな。
言語学者1000人で調査して出した結果らしい。学問的にどれほど意味があるもんかよくわからない。というか意味があるようにはとても思えないが、話としては面白い。わざとツッコミどころを残して反響を狙ったネタふりだったりしてね。
posted by 徒手空腹 at 22:46| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月08日

些細なことでもなかったか

そろそろ話題を変えたいと思いつつも、佐世保の事件について触れてしまう。
人が命を大切にするには「命より大切なものがある」ことが必要などという持論を前に書いたが、他者の生命を奪うということについては「ちょっと違うんじゃないか」という思いをもたれた方もあったことだろう。
自分で書いて気になってたぐらいだから…
自分の命を無駄なことに費やさないようにするには、命より、またはそれと同等に大切と思えるものがあることがもっとも力を持つことだろう。しかし他人の命と言うのは極論すればどこまでいっても「別物」であって、自分の命とはなんら没交渉に存在している。自分の生命観を他者にも適応できるとは限らず、だからこそ法律によって殺人を罪とする必要も出てくるわけだ。

人が実際、罪を犯そうとするとき何を考えるだろうか。
たいがいの人間はそれによって失うものを数える。
毎日当たり前のように享受している快適な生活は消え去り、逃げ回ること、捕まること、自由を奪われることの恐怖が襲い掛かる。
生きることが苦痛になるようなゆすりや脅迫を受けている場合は、大罪を犯してでも苦境を脱する望みにかけようとするかもしれないが、それでも行動に出る前には逡巡することの方が多いだろう。まして今回の事件では詳しいことはわからないとはいえ、その状況はまず考えにくい。
罰を受けることを覚悟していたとしか思えない行動が一層不可解なものにしている。
難しい精神医学や心理学の理論は置いといて(はなからそんなものは自分には無いから)、ごくごく凡人の発想で考えて疑問に思うのは、彼女は罰を受けることで失うものをまったく惜しまなかったのかということだ。
馬鹿な話に聞こえるかもしれないが、捕まったらあれが食べられなくなるなとか、好きなテレビ番組が見られなくなるなとか、ものすごく些細な取るに足らないようなことでもいいから、そのためにもう一日もう一日といつもの日常を延長させて、殺意の消滅に成功することがどうして出来なかったのだろうか?
自分の命は惜しいが他人の命は実感できない状況の人間にとって他人の「命の大切さ」というのは、一種の社会契約論か宗教によりかかった言説でしかない。それに比べれば“損得”ははるかに確かの実感できる。
犯罪にブレーキをかけるのは本来倫理観や信仰であるべきだと私も切に思うが、それらが働かなかった者を最後に押し留めるのは“命ほどでなくても少し大事なもの”に対する惜しさではないのか。
十二歳になれば判断できたであろう罪による損失を、まったく省みる必要がないほどに彼女の日常は空虚だったんだろうか。だとすればそれはよほどの不幸だ。
だとしてもそれが彼女を弁護できる材料にはもちろんならない。今日の新聞には精神鑑定の必要があると断定されたそうであるが、基本的には精神状態がどんなものであれ、罪に対して罰は等しく下されるべきだろう。残虐であればあるほど病名がつきやすくなり、それによって罰が免赦されるのはあってはならないことである。
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2004年06月06日

年齢指定2

この問題についての意見は大雑把に言えばたいがい二つに分かれる。
1、小学生にネットは有害だから止めさせるか、大人の管理下におくべし。
2、ネットの有用性は否定できないものであり、子どもを遠ざけるのではなく、逆に早い内から功罪両面に関する教育をすべきである。
私は1の立場なのだが、2の意見自体が間違っているとは言うこともできない。ただ「無理にそうする必要はない」んじゃないかと思うのだ。
カッターナイフが無い時代、肥後の守を子どもは鉛筆削りのため持っていた。これだって凶器に十分使える。だが免許なしにみんな持ち歩き、器用に色んなものを削って作っていた(らしい)
先述の1と2の「ネット」を「刃物」に置き換えたら、私は2を支持する方に立つ。
最初は大人の目の下で小さな手傷でも負いながら覚えれば、痛みに対しての実感も持つ。こういう最低限の技術は子供時代に覚えるかどうかで、後々の能力にずいぶん影響するものなのだ。私は自分の世代では珍しい方のタイプで、小5ぐらいから鉛筆をナイフで削るのが好きな子供であった。中学生になった頃には鉛筆を一センチになるまで使って自慢していた。エコロジーと言う言葉もなく褒められもせず馬鹿にもされなかったが、ただただ削るのが面白いのでしていたのだ。あんなことでも今の仕事に少しは役に立っているんじゃないかと思うようにしている。

何が言いたいかというと、結局私はネットがナイフほどに小中学生の成長の役に立つとはどうしても思えないということなのだな。
これは私の勝手な見解だから「ナイフのように、いやそれ以上に役に立つんだ」と言う人がいるのも当然ではある。
でもなあ、なんか違う気がするのだ。なんなんだろうか。
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2004年06月04日

年齢指定

重く感じつつ前回の内容にからんで。
ネットの発達だけがこの事件の原因ではないとは言ったものの、私はここで言ったように小学生がパソコンや携帯を使うのは害多くして利少なしと思っている人間である。
「文明の流れ、利便性の拡大は止められないのだから子どもがするのも仕方がない」などと言う人は、それなら車の運転も小学生から始めさせたらいいのだろうか。
当然「車は危ないからダメ」でしょ。
車でいう「危ない」がわかりやすいものに比べて、ネットの危険性はわかりにくい。しかし共通していることがある。自分で動かしているのに自分の力とは比べられない何倍ものちからを発揮できることだ。車は足の働きを増幅するものとして、いったん動けば人力では止められなくなる。コンピュータは頭脳(言語野)の外延として働きweb上に乗せた情報は数分で制御できない形で世界に駆け巡ることもある。
そういう心配のなさそうなチャットなどの参加を、先進国の多くが未成年には禁じているそうではないか。社会的権利である特殊な通信の自由を、人権の一つなどと勘違いしている日本人は再考してみてはどうだろうか。
posted by 徒手空腹 at 23:09| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(1) | ニュースを読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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