2005年09月28日

ラジオ体操化石化プロジェクト4

「ラジオ体操でも真面目にやれば汗をかく」というのはオジサン、オバサンの話であると、前回書いた。ここに重要なポイントがもう一つある。実際私たちは中学生くらいのころ「お前らはラジオ体操を馬鹿にして真面目にやっていない」と先生によく言われた。とりあえず言われたので真面目にやったが、それで何が変わったかというと何も無い。まず、なぜ誰も真面目にやる気が起きないのか、それこそ真面目に考えるべき問題なのだ。

どんな競技でも目的がある。それは次のどれか単独、または複合したものと一致する。

1より速く移動する。
2より高く跳ぶ。
3より遠くへ跳ぶ、または飛ばす。
4より重いものを移動する。
5より美しく見える動きをする。

テニスや柔道のように、相手のある競技でもやっていることはこのどれかに含まれる。また日常の労働も、動作だけを見れば1〜4を実現することが効率的とされるし、一部の業務においては5と同じ「美しい所作」が求められることもある。

1〜5は決してバラバラに成立するものではなく、相互につながりを持つ。より遠く飛ぼうとするものは、より速く走れなければならない。より遠く飛ばすには、より重いものを移動する力と技術を得ることで記録を伸張することがある。そして、どの覇者もそれぞれの動きのパフォーマンスは全て美しい。

小さい子供にボールを持たせて投げるところを見せると、真似をして投げようとするが大抵はうまくいかない。足を棒立ちにして肘を曲げたままボールを顔の横あたりに持っていって、ぎこちなく腕を内旋してボールを手から離す。意識は常にボールを持つ手にあり、手首→肘→肩の順に動く様子が見て取れる。それが成長とともに改善されると、体を半身にした態勢から、向き直るタイミングに合わせて、胴体の捻りによって生まれる力を肩→肘→手首→指に伝えて投げる術を得る。

スポーツでなく乗用車に乗り込むような動作一つでも同じことが言える。子供は頭から入ってウニョウニョと四つんばになるようにして乗り込む。おしゃれな大人はお尻から先に入る。

中心から末端に伸びていく動き、これは合理的かつ美しい。ラジオ体操の動きはこの対極の位置するものだ。目的のある動きでもなければ、美しいパフォーマンスでもない、競技の中にも日常の労働の中にさえ見ることの無い、非合理そのものの体操なのだ。
タグ:ラジオ体操
posted by 院主です at 00:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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