2004年08月05日

必要悪夢

柔術の稽古で受身が拙くて頸を少し傷めた。すぐにそれなりの処置を自分でしたので、大して長引くことはないと思っていたが、前屈時の痛みが意外にしつこく三日たても取れない。そんなにきつい痛みではないためもう一度自分で診直すか、それとも久しぶりに信頼できる余所の先生に治療してもらうのも楽しいかなとか考えながら昨日は寝た。
小さな奇跡はこの朝に起きる。
日常の一部を切り取ってグニャリと歪ませて引き伸ばしたような夢が次々に展開する。最初は楽しそうな内容だったものが、少しずつ悪夢と呼べるようなものに変わっていき暑苦しい中に脂汗をかきながら目が覚めた。脇と股関節を思い切り閉めつけるような不自然な姿勢でしばらく力を入れ続けていたらしい。
ほっとして緊張を解いて体を起こすと、頸の痛みがほとんど消えていることに気付いた。多少の違和感は残るものの昨夜までに比べてはるかに良くなっている。
体を狭いところに閉じ込めるような不自然な姿勢(そんな夢を見ていたわけではない)が、結果的に患部の筋肉の異常を治療していたのだ。
夢は五臓の疲労から起きるというのが中華伝承医学の考え方である。体の異変が心に出た一種の症状と言うこともできる。
実は症状というのはそれ自体で治療の役割を果たしていることが多い。たとえば筋肉痛は損傷した筋を再生させるときに発する。痛みは再生が完了するまで筋肉を休息させようとする身体の知恵だ。
夢は身体の異常を知らせるだけでなく、積極的に治療を試みているのだろう。覚醒している時の現実の病が治るならば、実害のない悪夢など安い犠牲である。
我々は現実の価値観に沿って良い夢、悪い夢と区別しがちだが、体が持つ「平衡への欲求」から見れば、全てが良い夢なのかも知れない。身体に生じた病から何とかして逃れるために、日中の意識が離れた時間を狙って奮闘してくれているのだ。
posted by 徒手空腹 at 23:09| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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