2006年11月18日

しなる腕

ダンスやフィギヤスケートなどの選手の腕に注目していると、柳の枝やグラスファイバーのごとく弓なりにしなる様子に、見とれてしまうことがよくありませんか。人間の腕は肘の一箇所でしか曲がらないはずなのに、なぜああいう風に曲線に見えることがあるのか、訊かれたことがあります。

そんなときに「鉛筆の手品」を持って例にすると、たいがいわかってもらえます。誰もがやったことのある遊びです。鉛筆の端を親指と人差し指でつまみ、フラリフラリと上下に振るだけで、グニャっと曲がって見えるように見えるという、あれです。

プルプルではなくフラリフラリと振るのがコツです。速さの問題ではありません。プルプルだと鉛筆の残像が扇形に開くだけです。これは、つまんでいる所を空間の一箇所に止めたまま上下させているためで、最も長い距離を移動する先端の弧が大きく見えるようになっています。

フラリフラリはつまんでいる所を先に動かすところがコツです。つまんでいる指を少し上げた後に、遅れてついていくように先端が上がります。下へ落ちるのも同様で、指の後に先が落ちるようにします。そうすることで、鉛筆の両端ともが真ん中より速く上下運動をするようになり、結果弓なりに見えるようになります。

このことを最初の話に戻すと、腕を弓なりに見せて振るには手先より肩甲骨を先に動かす必要があることになります。もっと言えば肩甲骨より肋骨、いや背骨が一番先になると考えたほうがいいでしょう。腕がしなる動かし方は見かけが美しいだけでなく、合理性を伴っています。ダンスだけでなく、野球・ソフトボールの投球、和太鼓、などでもこの腕のしなりはよく見られます。体の中心から引き上げることで、手に持っているものを支点に近づけて、重いボールやバチを軽く上げられるようにしているのです。ラジオ体操の腕を振るポーズがみっともないのは、このことにまったく留意していないからです。こちらの手書きイラストに見られるような、駄々っ子の手の動きは、ラジオ体操と同じく、しなる腕とは正反対の幼稚な身体動作であることを意味していると考えていいでしょう。少なくとも昔は体育の先生より、漫画家のほうが人体構造の理解に秀でていたことがわかりますね。

やさしいダンスの物理学―ダンサーの動きは、なぜ美しいのか [単行本] / ケネス ローズ, マーサ スウォープ (著); Kenneth Laws, Martha Swope (原著); 蘆田 ひろみ, 小田 伸午, 佐野 奈緒子 (翻訳); 大修館書店 (刊)

バレエダンサーのからだとトラブル [単行本] / 蘆田 ひろみ (著); 音楽之友社 (刊)
posted by 徒手空腹 at 23:34| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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