2004年05月11日

健康増進法と医療保険

こちら健康増進法(渉雲堂別館)に疑問や懸念が提示されているように、私もこの名前には引っかかっていた。
まず“増進法”がいけない。いきなり○のもんたが出て、指示棒片手に「今年の夏の健康増進法は葉酸とナイアシンに決まり」とか叫んでるのがちらつく。
同じつけるなら何が良かったんだろう?

健康維持法(これも治療院のHPの内容っぽい)
健康管理法(給食室に貼ってそうな)
国民健康法(国民的健康法と間違える)

やはり健康に法が付くと、どうしても健康法に見えておかしい。
私のカンでは日本人の40パーセントが同様に感じると見た。
しかし先に記した懸念とかいうのは、そんなどうでもいい事ではない。
健康というものが国家によって管理されるべきものかということについてである。
「人間には不健康でいる権利がある」
確かにそう言える社会の方が“健康”な気がする。戦時中の日本は病弱が罪のようになっていた。これはどう見ても不健康で不幸な状況だ。
ただし現在の日本には戦時中とは別の問題がある。国民のほとんど全ての人が健康保険に加入している。国保であれ社保であれ、みんなで集めた財源である。これを必要以上に使わないようにさせる工夫は絶対いる。
だから喫煙者は循環器障害の治療費の自己負担が上がるというようなことがあってもおかしくはない。か、もしくはどこかの国が実際やっているように、タバコの売り上げの一部を循環器障害の治療費に回す手もある。
ただそうすると、タバコ以外でもはっきり「身体に悪いこと」と認定されたものには、同じことを当てはめられる可能性がある。病気と習慣の因果関係を証明することはとても難しく、またできたとしても個々人の習慣の有無を判定するところでつまずく可能性もあり、そう簡単に実現もできないが、医療保険の規約の範囲で自己責任を問う余地は多少あるだろう。

法律として健康を前面に出されるのは危険と思う。しかし日本の保険制度を見ていると、患者側も医療者側も問題を抱えているのは事実なのだ。
posted by 院主です at 23:14| 大阪 | Comment(3) | TrackBack(0) | 身体を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 今私は保健師を目指して学ぶ22歳の学生です。
来週、学校の授業で「自らの健康増進を法律で定める必要はない」という題名で、ディベートをします。私は、否定側(健康を法律で定める必要はある)にたって討論しなければならなくなりました。。どちら側に立つか先生が勝手に決めてしまったので、肯定側にたちたかった私は、相手とどのように討論したらいいか、まったく検討がつきません・・・肯定側にたった場合、どのように論じていったらいいか、教えてください。(T−T)
Posted by non at 2005年05月21日 21:38
non様こんにちは。コメント遅れました。もしかしてもうディベート終わってたらごめんなさい。
ええと、結局どちら側のを知りたいのでしょうか?否定側になってしまったので、そちらをどうすればいいかではないのでしょうか?そのつもりでやりますね。

日本は実質国民皆保険で、医療の大部分(%は知れべてください)をこれに頼っている。予防できる疾病に対し、積極的に努力して健康でいる者が、予防の努力をせず、増してや喫煙やドラッグなどの自己破壊的行為をした者の医療費の一部を負担するのは不公平である。

Posted by 院主です at 2005年05月23日 23:05
予想できる反論がたくさんありますね。

1、喫煙やドラッグはそれに陥ること自体が、互助的な負担を一部用いても救済すべき病気である。

2、生活習慣と発病の関係はあくまで、疫学的なデータでしかなく、個人のヒストリーに当てはめるのは無理がある。

これの反論は置いといて、もう一つ。

不健康による日本全体の経済的損失のデータを出す。疾病別の調査が厚生省にあったと思います。(ないかもしれない…)

とにかく今のところそれくらいしか思いつきませんねえ。参考になりました?(ならないな…)


Posted by 院主です at 2005年05月23日 23:17
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