2009年08月10日

新しい社会科教育4

現役の高校の先生にこの社会科新案を話してみました。理系担当で担任は持っていませんが、クラブ活動を通し多くの立派な生徒を社会に送った尊敬できる教育者です。

「たぶん、公民を理解できる年齢を15歳と考えていると思う。あれくらいの年齢の2年差はものすごく大きいからね。」

やっぱりそうかなあ。そんな気もするけど、もっと教え方を変えて、自分の立ち位置から社会に向けて広げるような方法をとれば可能でしょう?っと私は食い下がる。

「それなら力のある教師でないと無理だわ。生徒とそういう話が出来る関係性を持てる人でないとね。地理とかならそうでなくても出来るから、今のやり方なんだと思う」

いやいや、そんな関係性がもてないなら、地理やったって歴史やったって大したことないじゃないですか。

「まあ、そうなんだけど。もしかしたら文科省がわざとわかり難くさせてるのかも知れないしなあ。」

愚民化政策なわけです。私も実はちょっと思ってます。てっ、これは邪推とか下衆の勘繰りであって欲しいけど。

ついでに一つ言い忘れたことをここで。

数学の先生でいい先生というのは、40人に一つ問題を出したら40人全員が同じ解を出させられる先生なわけです。解法とか考え方は別にしても、解は一つです。

では公民なら、これは逆の結果を導く先生がいい先生と言えるのではないかいなと、思うわけです。最低限基本的な現状を理解した上で、40人がすこしずつ違う考えを持つようになって授業成功なんでしょう。民主主義も人権思想も平和主義も、また自由経済も、環境保護も1+1=2のように正しいわけではないことを、教師生徒両者とも前提としてやってくれればなあ、そんな風に思います。
ラベル:社会科教育
posted by 徒手空腹 at 23:31| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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