2009年08月01日

新しい社会科教育3

「地理はひたすら覚える以外に勉強法がない。暗記科目だ。」よく言われます。私も中学、高校ではそう思って毛嫌いしていました。しかし大人になった今はそうでないことがわかっています。国や大陸や島を個別に覚えるのではなく、隣り合う国々の関係性から、自分のいる日本の実情と結びつけることが出来れば、いやでも頭に入ることもあるのです。

そうなるには、まず自分の国のことがわからなければなりません。国の形態、政治制度、産業、経済を一通り知る必要があるでしょう。それなら公民の授業が何より先に来なければいけない。

ただこれを実行するとなると、いろいろ問題が出てくることは予想できます。皆様からコメントにより、ご指摘などが頂ければうれしく思います。

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読むだけですっきりわかる日本地理 (宝島SUGOI文庫) [文庫] / 後藤 武士 (著); 宝島社 (刊)
ラベル:社会科教育
posted by 徒手空腹 at 22:54| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
地理→歴史→公民,
もしくは,
地理と歴史並行→公民,
というパターンが多いですが,
別にそれで教えなければならないわけではないです。

社会科の究極の目標は,「社会に関する認識を広げ・深めて,市民として生きていく資質を持つ」という目標なので,
公民がとても重要であることは私も賛同です。

ただ,公民が「国のことを理解する」というのは,賛同できません。
確かに,現状では「国のシステム」を理解する,覚える,学習が多いですが,本来は公民とは「citizenship」で,市民としての社会参加の力を育てることが目的です。
家族,地域,国,世界との関係についての問題を「知り」,「考え」,「解決」策や「参加」方法を考えていくためのものです。
地理や歴史も,本来はこうした考え方でやることが,指導要領にも推奨されています。

本来,そうあるべきなのですが,ただ,誰も「思考」することをしません。
生徒が「思考」せず,「ただ覚えればいい」と思い込むことに終始しているのも問題です。
また,教師も「思考」せず,「覚えさせる授業」ばかりしているのも問題です。
思考しない生徒・教師で成り立つ授業ばかりだと,それが再生産されて,次の世代でも同じことが続く。
結果,今も昔も変わらぬ授業が続く。
問題ですね・・・
Posted by ガムポム at 2009年11月13日 20:22
ガムポム様 いらっしゃいませ!

いやあ、嬉しいです、本当に!
更新止まってるところに、何の反応も無かったのに、こんなご意見がいただけて感激しております。

>家族,地域,国,世界との関係についての問題を「知り」,「考え」,「解決」策や「参加」方法を考えていくためのものです。

これは理解しています。国という言葉だけ先走ったのは、国の枠組みを知らずに、地理での外国の説明が早々に進むことを例えとしたためです。

教職者でもない私がそもそもこんな話を書き込んだのは、日本の青年の社会(社会科という教科でなく自分を取り巻く世界と自分たちとの関係)に対する関心というのは、外国に比べるとかなり低いのではないかという危機感からです。

その原因を単に学校教育に帰すつもりはありません。最も重要な対策の一つであるとは考えます。

現場の先生の中には、指導要領が謳うような「思考する社会科」を学校でしたいと思っている方も大勢いるでしょう。それが出来ない事情は変えるべきだと思います。

文面からするとガムポム様は教職に携わられている方でしょうか?
よろしければ、またコメント書き込んでください。楽しみにしております。
Posted by 院主です at 2009年11月13日 21:57
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