2009年05月13日

太鼓を始めた不純な動機

和太鼓をやる人の中には、学校教育以外で楽器を触ったことがない、音楽というものにとんと縁がなかったというタイプが結構いたりします。リズム感にも運動神経にも自信がない。それでなぜやろうと思ったのかわからないけど、とにかくやってみたい。そういう人が多分、他の稽古事より多い気がします。(注、正確な典拠はありません)

かく言う私もその一人だったのですな。でも、なぜやるのかということについては、自分なりにはっきりした理由がありました。

それは「左手がつかえるようになりそうだから。手を使う自分の仕事に役立ちそうだったから」です。かなり不純な動機だといえますが、ほかの事を想像していた皆さん、すみません。

嫁さんが友達の友達に太鼓をやっているからと誘われたのを、渋々ついてきたところ、師匠に長胴の平打ちをさせてもらいました。

丹田を意識して体の中心の前に置き、右も左もぶれることなく一定したリズムを刻む。自分の仕事と同じだ。しかしやってみるとリズムが整わない。左手が思うように動かない。

出来ないから面白い。だから続けよう。これがうまく出来れば、治療技術にも良い影響が出るだろう、とそんなことをすぐに考えていました。

人前で演奏するなんて、当初は考えてもいませんでしたな。結局3ヶ月後には夏祭りに参加して叩いてましたけど、まあひどい出来でした。

年数のわりに今も技術は大したことないけど、だから面白いというのはやっぱりあります。何でもすぐできてしまったら、考える暇がないですからね。
posted by 徒手空腹 at 21:58| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 運動を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。お久しぶりにお邪魔いたしております。
この半年ほどの間に、私を取り巻く環境がめまぐるしく変わり、生活の全てが変わりました。
心も身体も不安定で、波が来ては去る。
こういう状況のときほど、丹田に意識を置き・・・という和太鼓のような、心落ち着ける何かを始めたらいいのかもしれませんね。
Posted by でぼら庵 at 2009年05月27日 03:10
こんにちは。お久しぶりです!
短期間に環境が急変するというのは、ちょっと後からこたえたりしますね。変化の内容がいいことであっても。

そういう時はもちろん丹田を意識できればいいのですが、肝に影響が出ているので、先にそっちを片付けることがいいかなとも思います。(私自身の経験上もそうでした)

季節も変わる時候ですし、くれぐれも御自愛ください!
Posted by 院主です at 2009年05月27日 22:24
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